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漫学インドネシア A〜Z

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 Nakanaka   Pantun四行詞 
なかなかと辞書で知ったが通常はパントンと呼び、脚韻を踏み3,4句に想いを込める様式で多くの歌に採用されているるだけでなく、まだ若い男女達の出会いの場(Balai)で即興の相聞歌として活躍している地方(西スマトラ)もあるのは、なかなか優雅なものだ。
   Kalau ada sumur diladang     泉があったら          
    Bolehleh beta menumpang mandi   ちょっと寄り道水浴びしましょ
    Kalau ada umurku panjang      長生きしましょ
    Bolehlah kita berteu lagi       また逢う日まで
    Laju laju perahu laju         漕げや漕げ舟を漕ぎだせ
    Lajunya sampai ke Surabaya     スラバヤまでも漕いでゆけ
    Bolehah lupa kain dan baju     着物や上着は忘れてきても
    Janganlah lupa kepada saya     忘れないでネ わたしのことは

 Nama 名前
独立の父初代大統領スカルノ、第二代建設の父スハルトは、その一字が姓名で他はない。
その息子トミイ氏の花嫁は Ray Ardhia Pramesti Regita Cahyani Soerjosoebandoro とじゅげむみたいな長ったらしい名前だが通称はTataと呼ばれている。どこからタタがでてくるのか門外漢にはわからない。タタも呼びかけではタだけが使われるのは誰でも同じ。「こっちにきてローラ」もMari kemari Laとなる。
姓名は自己の原点だとすればやはり此処は多様性で、イスラム名が多いのは当然だが、洗礼名はまだしも流行りでイスラムなのにAlex(AlexanderはイスラムではIskandar)、プロジェクトで世話になったとサクラ、コマツ(建設機械名)などと名ずけた親を知っている。
トマス、マリア、ジョージよりイスラム名にいい名前がある。Jallisa,Zuharddin,Yefifa,
Wahyu,Stastri,Sehardi Saibi                    ⇒ 氏、氏名

 Nanti やがて あとで、もしかして、だろう、待つ、
インドネシア語に時制はないから過去はSudah未来はNantiを挿入せよと教わる。
ナンテイダタンと言えばやがて来るとなるが、来たためしがない。腹がたつが語意にはちゃんと、もしかして、だろうとある。一寸先の事は神様しかご存じない。
  
 Nasib 宿命 運命
すべては神の采配。幸運も神に感謝Syukurし悪運もこうゆう宿命なのだと甘んじて受けるから精神は強い。自立神経失調症は日本より少ない。Untungは幸運の方に使う。

 Ngah 否定
否定はTidak、Takだが会話ではンガ、ngakと謂うことが多い。
ここの人達は直接否定するのを嫌い、やんわりとさりげなく表すから野蛮な外人は誤解する。「出来ますか」「Tidak」と言わず「なんとかusahakan」「後ほどNanti」出来ると考えるのは素人で永久に出来ないことを知るべし。

 Ngobrol 無駄話し
とにかく話しが好きだ。それが風に乗って噂で広がるから情報機器は要らない。
国技Wayang(bayang影絵芝居)の演者Dalangは数人の声を独りでこなし、延々と朝まで演じるのがその証明だ。こんなの世界にもここだけの芸能だ。
Ngomelぶつぶつ言う、普段この二語だけで暮しているようにも思える。

 Nongkrong  なにもしないでいる
路端にしゃがんでいる若者は日本より先進で筋金入り。お喋りエンコ車押し交通整理はまだ勤勉で、高邁な思索に耽るかのように日なが一日視線を固定して動かない男もいるが怠け者と思ってはいけない。夜仕事があるから休んでいる(Bolos)のかもしれないしアルバイトNgobyekの親方が来るのを待っているのかもしれないが、とにかく通行人より多いのは多産、地方格差、失業anggurで若者の行く場所がない。すぐ野次馬になり騒ぎに発展する。

 N.T.T Nusatenggara Timur 東ヌサテンガラ
東南の国、レッサースンダとも謂われた東インドネシア多島地帯で行政的に東部西部に分かれ東の州都は西チモールKupang。乾燥が強く最貧地で過疎。列島は東に行くほど種族は小さくかつ増えるから同じ島でも多彩な姿を持つ。最東端,Wetar,Alor,Pantarなど誰も知らないが、中国が残していった巨大な銅鑼が放置されている島も。彼等はそれを何と交易したのだろう。住民は食うのが先決で固有文化などと綺麗事は言っていられないが。

 Nyaris ほとんど
危うく、、、するところだったと使う。Hampirが一般だがニャリスは実感が篭る。

 Nyata 現実 明白
Terを付けて、既に明かなように、と使うことが多いが、なにも明らかでない事の方が多い。

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 Obat 薬
とにかくオバットが好きな人達だ。会話にも唄にも諺にも至る処に出没する。
薬(少しでも効く)には人知を越えた魔力が潜んでいるといった気持ちが強いのだろう。
惚れ薬、呪い薬もある。効くかもしれない。Obatinは毒Racunとは言えないから一服盛る。

 Obral 売りだし 安売り
スーパーマーケットSelayawanにある看板。365日オブラルと書いてあるが。
つり銭に小銭がないとキャンデーで代用する。誰も異議を唱えない。

 OlehOleh お土産げ
別れる時にサヨナラではなくJangan Lupaオレオレ(お土産忘れちゃイヤよ)。再会すれば真っ先にオレオレは?と聞かれる。ノニ(娘さん)、髭面男の別はない。真剣に考えることはない、ダメモトのようなちょっとした挨拶なのだが、言われた方は気になる。

 Onderdil 部品
多かったオランダ語は急速に退化しているが、機械法律用語には依然として多い。
ObenねじまわしBensinガソリンSopir運転手BanタイアSekringヒユーズKnalpot消音器KopelingクラッチKir車検,修理工はトッカンではなくMontir,Kornet助手


 

 

 
 
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