慢学インドネシア はじめに
 
ホーム
コンテンツメニュー
会社概要
事業内容
トカダの意味
サイトマップ
リンク
お問い合わせ
慢学インドネシア
   
 
慢学インドネシア目次

はじめに

「バリに行っちゃった。あそこってオジチャマのいたインドの一部? 神々の楽園って言ってたけど、一日五回もいろんな神様にお祈りするんですって!」
有名女子大出の姪の他愛のないお喋り。
「―――、、、(五回の祈りはムスレム、バリ人なら一日中葬式だよ)」
バリはヒンドウ教で百千の神々がおわし、他郷の人からは一生先祖供養をして終ると言われるが、インドネシアの九割はイスラムだから絶対唯一アルラーしか神はいないのに。

 縁あって住まわせて貰ったインドネシアから母国に帰って先ず実感したのは、そこは観光バリのインドネシアなのです。スマトラ大島やスラウエシの影は見えませんし、イスラム・アザンの唱和も聞こえてはきません。
赤道を挟んで東西五千`、一万数千の島々に二億の人々が住み、さながらアジアの土台石のようにに横たわる大国について殆ど興味がなく、遥かに遠いパリやニューヨークに異常なまでの片思いを寄せても、同じアジアの国には関心が薄いし学校でも教えないようです。
教えられる教師もいないようでは、、。
東西文明のクロスロードとして存在し、今でも、もしオイルラインを封鎖されたら、文明の終着駅日本は二ヶ月もたたずに崩壊してしまうのにとは応えませんでしたが、観光バリだけではないこの巨大な列島をもう少し知って貰いたいと残念でした。
さて、
彼女の無知を責める気はありませんが、どうしたことか多くの邦人が投資や技術で関与する時代になっても、日本の企業体質からか管理者の眼でしか任国を見ないのではといった疑問と焦燥を感じました。もうその時代は過ぎて、より積極的に深く淘侵してあらゆる面でプロになり、国や地域を越えた広い視野での対応が極く普通になるのです。
ちなみに、我が国の駐在社員は任地派遣の寸前まで人事の決定はないようで、赴任が決ってから改めて対処するのが一般的のようで、業績だけが求められているようですが、欧米では母国で語学習慣など長期の研修を経て専門家として派遣され、彼等は契約が終ればその知的資産を武器にしてより有利な活動の場を得て行くようにみられます。その最たるものが宣教師でしょうか。移住中国人は申すまでもなく、差別や迫害があろうともその地に根付いて場所を得ています。
「日本人は突然やってきて、突然いなくなる人達だから、、」
過去の軍隊も連想して彼等に言われないようにしたいですね。
グローバル化の今日「帰らない日本人」が求められるのではないでしょうか。投資と利潤追求だけでは事情が変われば、早晩浮き草のように消滅する運命なのは歴史が教えてくれます。

ビジネスの要諦'敵を知り己を知れば百戦危うからず'
 グローバル化で否応なく海外関与は進行して行きます。今まで政府間や基幹大企業だけであったものが、小資本でもビジネス・チャンスが増加してゆきますが、考えてみると私企業の直接貿易或いは合弁事業は僅かに三十年程の歴史しかありません。
不幸な事に、その間で成功を修めた事業者は至って少ないように見受けられますし、リスクが多いからといって止めるわけにも無関心でもいられない現状なのは、国際商取引きが既に避けては通れぬビジネスフォーメーションだからです。
’民活’独力独歩で海外進出する時代になって、僅かな歴史と経験で急速な展開に対応しなくてはならない現実で、リスクを最小にして相互利益を享受するには、格言にもあるように己を知り相手を知る事に尽き、それが最も等閑にされているのではないでしょうか。
事業的な計算に立っての損益予算も、それを運営するのは当然人間の決断でしかないわけで、果たして私達は彼の国と彼等の思考方法を熟知しているでしょうか。
観光や留学ならいざ知らず、ビジネスの修羅場に身を投じる私達は当該国情を熟知する事が何よりも優先し必須の条件でしょう。

浅学の身で、そんな大袈裟な論題を申し上げる積もりはありませんが、バリだけのインドネシアでない、ホテルの窓から見たのではない、エアコンに囲まれた暑いだけのインドネシアではない雑文が書ければいいと思ったわけです。
ビジネスフィールドでは奇麗事では通りません。言うならば、愛するからこ苦言もあるわけで、麗しの国優しい人々には相応しくない毒舌も飛びだそうとゆうものです。
つたない経験ではありますが、インドネシアへの関与をなさる特に小資本の方々に拙文をお届けし、一緒に考えてゆければと。

水清くして魚棲まず
 南国の美しいエメラルドのネックレスで、昔オランダ人が言ったように’世界で最も柔和で争いを好まない民族'に感激する観光客。
業績だけに興味がある企業人が現地の非能率を、五つの'ア'なる格言で慰める。
 「焦らない、慌てない、頭にこない、当てにしない、侮らない」
’処変われば品かわる’Lain Padang Lain Beralang(余所の畑に違うイナゴ)とゆうように、風俗習慣が異なれば違った選択があって、島国日本の物差しでは計れない驚きがあり、またそれに興味が湧くとゆうもの、加えて圧倒的な文化、歴史と三百以上にも及ぶ多民族の綾なすたたずまい、国是「多様性での統一Bineka Tungal Ika」のように、単一国では想像すら出来ない絢爛さにに目眩すら感じるのです。
異文化の出会いでしょうか。尺貫法とヤードポンドでは半端がでてしまいます。
インドネシアは昔はバール、ダイム、ルーデ、ファーム、フット、ドウパ、ハスタ、キランなどの単位がありましたが、今やっとメートルになってやや安心ですが、アジア諸国の中でも後進的なインドネシアと陰口が聞かれ、最近の通価混乱、政情不安での騒乱、破壊で一層信用失墜の彼の国ですが、我が国は最大の援助と供与を与え、上場企業の大半が我先に膨大な投資をしています。この相反するような現実。
どうしようもないような片寄りは貧富格差を生み、地域差が顕著ですが、それがまた限りないような奥行きと懐の深さを生みます。そこに不足を補う商業があるのです。
'水清くして魚棲まず'汚れて淀んだ流れに果たして大魚はいるのでしょうか。


では、その多様性と面白おかしい異文化の衝突をお楽しみいただき、小閑の具となれば幸せです。
本稿はジャカルタジャパンクラブ、その他のHPに投稿したものを纏めて改稿したものです。重複する文が見られますがご容赦ください。

インドネシア共和国
先ず初めに、インドネシア共和国のお習いをしておきましょう。
 赤道をはさんで一万三千数百の島々が連なる世界最長の海岸線を有する第六位の大国。南北二千粁、東西五千粁は地図を重ねると、アメリカ大陸を横断してバーミューダ島に達し、ギリシャからイングランドの広さになります。
熱帯モンスーン気候。年間気温22~32℃。国内時差三時間。首都と日本の時差二時間。

インドネシアの呼称は1945年に独立した時定められました。
長い間島々により個別に呼ばれており、植民地時代は東インド(蘭領インド)でしたが、この地域を一括する名前はありませんでした。今でも国名インドネシアは観念的響きがあり、彼等は生れた島の名で認識し国名は余所行きで使うように感じます。
’インドネシアとは’では会話が成り立たないほどの差違があり、事実人も土地柄もスマトラとジャワでは大きく異なるし、ましてイリアン(先刻パプアと変名された)では。

インドネシアは、インドにギリシャ語の島を意味するネーソスの複数形の諸島と、1850年にイギリス人弁護士J.R.ローガンがシンガポールで発行していた雑誌「インド諸島・東アジア」で東インド諸島Indian Archipelagoに替わる地域名として初めて用いたのですが、本来おおくの東南アジア、ポリネシアなどオーストロネシア語族の地域を指す学術用語で、その範囲はオランダ領東インドとはずれがありますが、1920年になり民族主義者がこの言葉を植民者の呼称に代えて住民、言葉にも使い、独立もRepublic Indonesiaとしました。語尾にネシアがつく処は親戚だといっていいでしょう。
インドネシアを’ネシア’と言う人がみられますが、蔑視語とは申しませんが良い表現ではありません。
国を表わすには島嶼のムラユ(マレー)語でのNusantaraも雅語で使われ、ヌサは国、島でアンタラは中、繋がるの意があります。

面積
インドネシア(27州)1,919,400平方` 日本:372,000平方`の五倍
スマトラ : 473,600 平方` 世界第6位 人口密度69人
ジャワ : 132,000 11位 753人
カリマンタン : 539,400 ( ボルネオ) 3位 14人
スラウエシ : 189,200 9位 61人
イリアン : 496,500 (西ニューギニア) 2位 3人
バリ : 553 474人
本州 : 227,000 第7位 281人
淡路島 : 593

●ブラジル・アマゾン、ザイール・コンゴと並ぶトロピカル・レイン・フォレスト。
 地球で最も生物生存に適した気候風土。生物相、遺伝子の宝庫。
 知られている哺乳類数と絶滅の恐れのある種
インドネシア : 515 / 49 世界一ノ動植物ノ宝庫
日本 : 90 / 5
中国 : 394 / 40
アメリカ : 346 / 27
タイ : 251 / 26

● 人口一億八千万人。三百余の種族が四百以上の言語を持つ多民族国家。
  固有文化、伝統芸術は文明の十字路として栄えた。
● 住民の九割がイスラム教。キリスト教、ヒンドウ教、仏教。土着信仰。
  気候風土の為か争いを好まない温厚な人々、豊かな土地。
● 1945年8月オランダとの四年の戦いの後独立した誇り高い国民性。
  多様性のなかでの調和が国是。国家主導の政治色。公用語インドネシア語。
● 地域差が大きく、国の一割に満たないジャワ島に人口の七割が住み、
  経済の九割が首都ジャカルタに集中し、流通の八割を3%の移住華人が握る。
● 資源に恵まれ我が国発電に使われるLNGガスの40%を供給する。
  GNPUS$2000億 貧富格差大。個人所得約六百ドル ¥1:23ルピア
  成長率年6% 日本の最大の援助・借款供与国。工場移転の有力候補地。
                               (1996年)
1997年夏、ヘッジファンドの齟齬からのアジア通過混乱でルピア貨暴落、IMF支援、
物資欠乏生活苦から各地に暴動掠奪が発生。34年のスハルト独裁終焉、ハビビ副大統領第三代大統領就任。1999年総選挙によりアブドラヒマン・ワヒド、メガワテイ・スカルノプートラが正副大統領に。この間東チモール帰属住民投票、国連監視下で独立。


庵 浪人 (いおり なみお)プロフィール:
早大S29卒。元車両輸出業。インドネシア滞在約15年 自動車建設機械整備リース自
営。1997年の経済混乱で帰国滞日浪人中。サバンからメラウケ(共和国全土)の人
文、就中スラウエシ、スマトラに執心。インドネシアとは; Benci tapi Rindu −嫌
いだけど、好き− バリだけがインドネシアではない。
HP Pasar Tokek、Lagu Lagu Indonesia、Ujung pandangに寄稿
趣味:インドネシア地方曲収録。たぶん本邦随一のストックと能書き。外洋航海 一
級船舶操縦士。だが素人。マラッカ、南支那海、ジャワ、 リアウ、ロンボク海。さ
らに闊歩してみたい。 障害馬術。国体他メジャータイトル。駿馬も老いては駄馬に
も劣る。法螺話し。

 

 
 
慢学インドネシア目次
   
    Copyright (C) 2001 TOKADA. All rights reserved.