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18 イスラム 3

イスラム人は偉大なアルラーと常在している。
六信(アルラー、天使、経典、予言者、来世、運命)五行(信仰告白、礼拝、斎戒、喜捨、巡礼)。
忘れないように日の出からスブ、ロホル、アサル、マグリブ、イサの五回神と対侍する。この頭文字がISLAMになると云う。礼拝サラートだ。
アザン、祈りへの喚起。これが私が初めて聞いたスブの絶叫だったのだ。あまねく善男善女にしろしめす必要から近代兵器のラウドスピーカーが導入された。六世紀のアラビアには無かった機械だから、肉声メガホンの方が敬虔な気持ちになろうと言ってはいけない。異教徒もいるのにとか、個人のプライバシーと言ってもいけない。なぜといわれても困る。そうゆう決めになっている。

’アルラーフアクバル、アルラーフアクバル、
 ラーイラーハ・イルラルラーフ ムハマドウ・ル・ラスールラー ’
 神は偉大なり アルラーのほかに神はなくムハンマドは予言者なり
’スブハナ ルラーフンマ ワヒハムデイカ ワタバーラカスムカ ジャッドウカ
 ワラーイラーハ ガイルク’

 おおアルラー、賛美し奉る 祝福の御名であり高貴の極みです
 アルラーの外に礼拝に値いするものはありません。

この瞬間はすべての時計が止らなければいけない。テレビも無条件で一切の番組を切りアザンの朗詠を流す。
イスラムにとってはこれが時間の区切りで、約束事も「マグリブのあとで」とゆうふうになる。
お祈り前には顔、耳、腕、足を所式に従い洗い清める。(サウム)
一日五回も手足を洗うのだから少なくても私より清潔だ。
女性は白い被り物を着用するから、何処に行くにも持参する。お祈りに使う敷物(プレイヤーズラグ)もいるし、水が不便な場所なら瓶に入れた水も要るだろう。キブラット(メッカの方位おおよそ西)に対面しなければならないから、敷物にコンパス付きのものも市販されている。
話しをしていてもその時間になれば、突然スンバヤン(お祈り)と申し出て、場所を選ばず開始する。精紳統一が重要だからその時はじっと待つしかない。
もちろん話し掛けても彼/彼女は無我の境地で、俗界にはいない。

赤道直下では日の出日没は変わらないからいいが、高緯度の北国の人はどうするのか。エスキモの冬の日照時間はほんの僅かだからスブになったら連続して次のアザンが聞こえるだろうし、夏は全く祈れない事にもなりかねない。
飛行機はまだしも、将来シャトルで月往復する人はいま西だと思ったらあっとゆうまに方位はかわるし、地球を二十分で廻る場合やりようがない。旅行中、病気では免除されるが、宇宙船で何年も生活するイスラム教徒も出てくるだろうから、この辺のスペックを創らねばならないが、全てはアルクルアン以外の解釈は厳禁されているから、聖典の中にそれと判断出来る章を見付けなければならない。 こう言うのを屁理屈とゆう。

ムハンマドがアルラーの啓示を天使ジブリル(ガブリエル)を介して聴いて布教したのだが、この宗教も地勢的影響を無視出来ないで、私も一時ムハンマドがキャラバンの旅からユダヤやコブト教徒、クリスチャンと交流してイスラムに開眼したと思った。この三大宗教は非常に似通った親類の関係があるから。
イスラム人にとっては予言者(ナビ)キリストを神と崇めた誤りからアルラーが最後のナビムハンマドを遣わした事になっているから、アダムからノア、モーゼといった数々のナビが同じように出現する。
それにやはり炎熱乾燥地の宗教で、太陽崇拝がなく月や星がシンボルが基準なのも砂漠で太陽は悪魔だからだろう。
メッカ巡礼では悲劇が起こる。交通の発達で特定日に数百万人の信者がカバ聖所にある狭い回廊を七回駈けるが、会場は四百年前のままだし参会者は数百倍になっているので、多くの犠牲者がでる。本人は死んでも法悦で、遺骨収集団も出ない。同行した仲間がいなくなり、何処に埋められたかも判らない。留守親族もそれに異義は申さないが、最近国別割り当て制が出来たとゆう。インドネシアでも毎年六百人前後の殉教者がでる。

イスラム暦は陰暦で、月の運行を以て定められるから一年が十日程短い。端的に申せば正月(イドウルフィトリ)が夏だったり冬になったりするわけだ。これもわざとそうしたので、世界何処に住んでも、苦しい断食月が毎年ずれて、平等の気象条件の下で送れるようとの親心と言うが。
断食明けの決定(シャワル)には日頃時間にルーズといわれる此処の人でも秒単位の真剣さで待ち構える。地域の正確な時刻が秒単位で発表される。
地球を縦割りに、数千万人の信者があらゆる国で一斉に礼拝すると思うと何とも言えない物凄さを感じる。
礼拝の仕方も東洋の端に住む私等のやり方とは全く異なる。三拝二拍手一拝が神道のやり方だったと記憶するが、こちらもそこまでは似ているが(柏手は打たない)、それから直立、正座を繰り返す。立った時は左手を右手で隠すように前に組むのは、左手が不浄とされるからか。座ってからが特異で、神の前に無防備無抵抗、這いつくばり尻を高くして平伏する。一度誇りや虚栄や自尊を投げ出すのだろうか。右人差し指で'アルラーの外に神はなし'を確認する。片方の足の平を立てるように座り直し、最後の祈りを終われば、横座りで腕を離し手の平を上にして祈る。
初めて見ると物欲しそうな仕草に見えるが、それが祈りの姿だ。掌を合わせる祈り方はない。何故と聞かれても困る。一千四百年そうしてきたのだから。
これを当時のアラビア語で行なう。世界共通。勝手な解釈や新方式はあり得ない。
断食月(ラマダン)では日の出から日没まで食は勿論、喫煙、唾も呑んではいけないのが正式で、断食するだけでなく心を平静に保ち、淫らな事や罵詈雑言など論外である。日没マグリブの後、砂糖湯を飲んでから喰いだめをする。最初の一週間程はきついが、それを過ぎればさしたる困難はない。'断食月だから'は理由にならない。通常の社会生活を送る義務がある。社会全般で行なうから風俗だが、私ひとり東京では煩悩が多すぎて耐えられないだろう。みんなでやれば怖くない。
飲酒厳禁の地方と、酔わなければ少々は、と地域差があり聖典にも禁止を明示していない。酒の代わりにハシッシやマリファナを嗜む地方も残っている。
豚だけがタブーではなく、地面を這いずる物、鱗のない魚、生肉、正規の段取りを経ないで屠殺された動物などは禁畏である。
豚へのタブーは外の何物(お祈り、断食)より厳重で、それだけで唾棄すべき異教徒と認定される。豚肉を料理した食器、炊事道具は二度と使われない。
この辺が渡来華人が毛嫌いされる原因のひとつかもしれないが、中国にも豚に包囲された多数のイスラムが生活しているし、ソーセージが無ければ生きて行けないドイツ人もいるのに。
賭博厳禁。名市長アリサデイキンが街の発展を願って遊園地(アンチョール)ドッグレース、ハイアライ、競馬場を造ったが、政敵に逆手にとられ失脚して現在まで使われていない。つい最近富み籤も射倖心を煽ると廃止された。
歌舞音曲のたぐいもイスラム法から云えば原則的には禁止だが、此処はリズムの宝庫だが。
絵画彫刻にも制約があり、人物像は’神を連想させるもの’で貴重な古代遺蹟の石像の首をはねたのはイスラム教徒である。ひどい事をするとは異教徒の言葉で、彼等はそれを許す事は出来ない。
イスラム文化はだからあの幾何学的模様や精密な線画が多い。
よく観察すると円が基準になっている。円の中心は一点しかないから教理に合致しており、それが無類の数学を発見したのだと考えたりする。
いまは赤道周辺の低開発地帯に分布して偏見があるが、数学をはじめ化学医学などの最初の構成者はムスレムだし、歴史を見れば中世はヨーロッパを大きく凌駕したイスラムだったのだし現在がその反動でのキリスト教といえよう。

イスラムはとにかく享楽的な事は排除するから、現代の大衆セックス時代には適合しない。お祭りじみた大騒ぎも好まれない。しかしママさんがお好きなえせクリスチャンと、どっちが真面目かと申せばどうなるか?
人間の本質に近ずく近代化とは云うが、今の世の中はそれ(我慢出来ない)を商品販売にまで利用するのは堕落ではないか。新型車のカタログには必ず半裸美人が寄り添うのも人により理解の外だ。
いくら肉体芸術美を誇示すると云っても、尻が丸見えの、イブがつけたイチジクの葉っぱより小さい洋服(と言えるか)で人前でうろうろするのはやや異常行為と俺は思う。シーサイドリゾートもその意味ではまったく同じだが、それがナウイとする娘達。
インドネシアでもイスラム圏よりキリスト圏の方が男女の垣根が低い。
ちょっと見にはイスラムの女性に人権もないように見えるが、実は手厚く保護されているのを知る。とにかくいまは、アメリカの放逸した発情文化全盛だが、これで人間の尊厳があるのなら世も末だ。

宗教は正義だ。ただそれを行なう人間個人の誤りだと人は言うが、それを正す力が宗教であり信仰であり神じゃあないのか。人間がそれほどに罪深いものか、俺には解らない。もうそろそろ神が直接お出ましになって正邪を正す時期に来ていると感じるのだが。
イスラム人は世界の終わり、最後の審判の日が近っずくと、その予兆があると信じている。先ず天変地異が頻発する。男が女に、女が男になりたがる。子供を生みたがらなくなる。
集団移動が起こる。原因不明の疫病が流行する。享楽退廃的ムードが蔽う。正気を失わせる薬が出来る。殺し合いが日常になると、何処からともなくラッパの響きが起こり、それがキアマット(最後の審判)を告げる報せだと。
人それぞれの肩に大天使ジブリル(Gabriel 神との仲介役モハンマドは彼/彼女からアルラーのお告げを聞いた)がいて、いままでの善悪のバランスシートを発表する。
マイナスならネラカ(地獄)の煉獄に身を焼かれる事になる。 
思い当る節ありや、なきや。

 
 
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