慢学インドネシア {処かわれば品かわる}
 
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2 イエスとノー

インドネシアに着いた。
熱帯とゆうけれど、
 インドネシアは赤道直下の熱帯だといわれる。
熱帯とゆうと、暑さに辛吟する炎熱地獄を連想するが、年間気温は低地でも24度〜31度、たまに32度の時がある程度で、日本の真夏の34度とかのうだる夏ではなさそうだ。天気予報での寝苦しい熱帯夜なん日など、熱帯に対して失礼だろう。
体感暑さは湿度によるのだろう。雨の前には蒸し暑さを感じるが、乾季だからといって雨がないわけではなく、雨季と言って一日中降り止まないこともない。
スコールのあと、夕方の涼風に南国風情を感じる。
もう熱帯とゆう表現は昔使った南洋、南国に改めるべきだろう。東洋西洋、北洋があって、なんで南洋がなくなったのか、その辺の事情もわからない。
100b登れば気温は一度下がる。下界が28度でも1000bの峠道は18度、西洋人がソイテンボルグ(無憂郷)と感激した桃源郷になる。

では南国は暑くないのか? いややはり陽射しは強く暑い。ハンカチでは間に合わなくタオルを持ち歩いて汗を拭く邦人は多い。だが、、
◆ベチャ(輪タク)を漕ぐ人、屋外労働者に汗をかいてる人見たこと無い。
バス停で待つ間、ハンカチで顔の汗を拭う人見たことない。
扇子、団扇を使う人見たことない。
◆バスの窓を開けると、かならず閉められてしまう。
セーターを着たがる女性、バイク乗りが皮ジャン着たがるのはなぜ?
風が万病の元とは風邪が万病の元とは違い、風に当たるそのものを嫌う。
風が体内に入るとコインなどで皮膚をしごいて出そうとする。肌は赤剥れ。
此処の人たちの体感温度は我々とは二度以上違うとゆう。
生まれて死ぬまで同じ気温の毎日だから、それが肉体や精神に及ぼす影響は大きいだろうと想像する。
◆熱帯多雨地帯。だが雨はウジャンだけ。小雨をグリミスとゆうが霧雨 五月雨 夕立、にわか雨 驟雨 豪雨 通り雨などの表現希薄。強ければ後ろにクラスとかリブットと加えるだけ。たまにリンテイック(ぽつりぽつり)と言うが会話にはない。

雨は突然襲い掛かるように落ちてきて(降るのではない)周囲を水で覆い、突然と嘘のように晴れあがる。道路の反対側は晴れていてこちら側だけ篠つく雨とゆうことも、数キロ先の市場が洪水騒ぎでも自宅に雨一滴も降らないことだってままある。
降られれば豪雨で傘など役に立たないし、いつどこで降られるか分からないから、傘を持ち歩く人は殆どいない。降られたら少し雨宿りすれば必ず止むから。
かように気紛れ天気だから、天気予報など当たらないし、すべてが当たるとゆう事でもある。
「今日は晴れ時々曇り、処により強いにわか雨」 今日も暑いでしょうとは決して加えない。当たり前だからだろう。
そんな気候だから、焦っても急いでもあまり意味はない。悠然としていなければならず、駆け出したりイライラしたり、そんな行動が最も貧相だと軽蔑される。
インドネシア人は時間にルーズだとか、約束を守らないとかとイライラする人がいるが、そもそも時間など、あってなきようなものと申したら現代生活は出来ないものなのだろうか。

小柄で肌が少し赤い色のやさしい笑顔に出迎えられ、母国の機能的で無表情な日常から解放された気持ちで安心する。南国の時はゆったりと流れるのか。
実に礼儀正しく、握手するにも手を一度胸に置いてから、控えめに差し出す。服装は清潔で、慇懃な小声であくまで控えめな紳士の態度だ。
若い娘さんは朗らかで屈託が無く無邪気に見える。
三泊四日のパック旅行なら、美しい景色とおいしいご馳走、心温まる人情に触れて、上澄みを掬うように淡い想い出で日記を埋めることが出来ようが、住んで、世間のしがらみに直面すれば、お互いの利害が衝突すれば、奇麗事ではゆかない。
慇懃で控えめな態度が紳士と聞いているし、明朗な女性に囲まれれば心も和むとゆうものだが、この最高の美徳が、どうも曲者のような気もしてくる。
私等はガイジンで、此処に住まわせて貰っているとゆう現実をしっかり認識して暮らさなければならない。
仕事の上での失望から(自分の語学力から意志の疎通に欠けるのもある)つい愚痴や悪口を漏らしたら、親友が「そんなに言うならとっとと帰ればいいじゃない。頼んで来て貰ったわけじゃなし、あんた達が来なくても何千年こうして生きてきたんだから」。
誤解を少なくして理解を深める為に、やはり彼等の文化習慣を尊重しなくては。
 所変われば品変わる。此処ではLain padang, lain belalang 余所の畑に違う蝗と謂う。
イエス、ノーの肯定と否定が私の国とは逆なので困る。
はいといいえが逆とゆう事は、根本的な生活方法を変更しなければならない瀬戸際に立たされていると言っても大袈裟ではないだろう。
初めはウンとゆう仕草さをコックンと顎を引くやり方ではなく、反対に顎を軽く突き出すのを可愛いと感じたり、眉を上下に動かす(真似るとうまくゆかない)のを珍しく感じているうちはいいが、会話での返答が欧米流に我々とは逆なのだ。
「まだ行ってないの?」「食べなかったの?」と否定疑問形で尋ねた場合だ。
首を横に振るのはノーのサイン、食べたのかと思うと、まだ食べていない意味になる。
私の答えも同じ状況では全部逆に取られるから、根本的な誤解が明瞭な形で実現する事になり、社会生活を満足に過ごせないことになる。
いくら会話力があると自慢しても、この長く培われた習慣は簡単には変更出来ない。
それ以前の血の問題にまで遡らなければ決して解決しない。

イエス、ノーをはっきり言わない日本人(東洋人)と欧米人が言い、それを我々は後進性と勝手に決めて、だから駄目という。果たしてそうなのか。
答えを聞いてから解るようじゃ情けなく、心眼で胸の内を察する方が高級だ。
日米修交条約締結でサムライがボストンに行った時の噺に私は民族の誇りを感じる。
ちょんまげ姿二本差し、背筋を伸ばして微動だにしないサムライ達を前に、白人が手振り身振りで喋りまくるのを冷ややかに眺めて一言も発せず、時折互いに細い目と目を交わすだけなのに彼等は業をにやして、「小奴ら分かりもしないで」とつい悪口を呟いたら、サムライ一同瞬時に腰の大刀の鯉口を切ったとゆう。
すべてを理解しなお寡黙、男の鑑、日本文化の結晶だが、いまでは土方(どかた)が履くたっつけ(ジーンズ)で足を組み、アッハ〜ンとゆうのがナウイ。
自分の主張を明確にするのが現代的紳士だとする風潮は、千年来異民族の蹂躪に喘いだヨーロッパ人の自己防衛の手段で、豊富な水に恵まれたアジアにそんな我欲のつっぱった文 化はない。
此処の人達も我々にも増して明瞭な意思表示をしたがらない。否定するのは、ことの善し悪し以前に、相手に対して大変に失礼な事だといった感情がある。
「出来ますか」「 Kami usahakan dulu.なんとかやってみましょう」
「いつまでに」「Akan besok sekitarnyaまあ、あしたか、その位には」
この返答は基本的には、出来ない、期限はないとの意味になる。やっても駄目な事もあろう、あしたに続く未来も含みますよ。深遠かつ高度な文化遺産が、そう答えさせる。
私はもうそれを知っているから「きたな」と思い、「明日は何時までに?」
と追い打ちをかける。私の好きな言葉、絶対とか必ずとかを加えれば、「人間一寸先は暗、明日の事は神のみぞ知る」と、お互いに白ける。
しかし、否応なしに工業社会に足を踏み入れた今日では、神の御心に反しても明日の約束位確定出来ないとベルト・コンベアは動かない。
人の気持ちは管理出来ない。すべての采配は神の御手に帰すといった基本的な判断があるから、叶えられなくても、催促したり嘘つきと怒ったりしない。
私の運命はまだそこまで行っていないのだと考える。
茶碗が割れたのは私のせいではなく、 それは割れる運命に従っただけとゆうイスラム世界を揶揄する諺があるが、自分の過ちを認めたがらないのは、苛酷な搾取弾圧に曝された長い植民時代によるものか。
いい悪いは別にして、予想もしない理由を並べて言い訳するのに対峙すると、諦めと忍耐と自制が交差する。
相手の非をあげつらうのは野蛮人だと考えてしまう。
そんな愚にもつかない言い訳など、いっそ「ゴメン」て言えばいいのに。
それは当方の文化で、謝罪すれば即賠償問題が起きる。謝罪の言葉の意味はなく、かつ無条件降伏、どのような要求も受け入れる事になる。
頭を下げればすべてを水に流せる一億一家家族の国とはやや違う。
口約束では、私の好きな言葉で'絶対'に当てにはならない。約束事も単なる儀式の効力しかない。気休めだ。
男の約束とか武士に二言はないなど、抽象的な美学など甘い。「死んでやる」とか「さあ殺せ」「決死の覚悟」「死んだ積もりで」日本人はすぐ生き死にの言を聾するのがお好きなようだが、それを和文訳にして「死にそう」とか「死んじまえ」など決して言わない事だ。
死についての考えが私達とは明らかに違う。どこが違うと言われても困るが、喩えに死を持ち出すのは禁句である。死は神の采配だからだ。人間が人間に言う言葉ではない。
自殺(切腹も含む)は最大の罪だから「死んでやらあ」などと簡単に強がるなど最低の言葉で人間放棄になろう。

神のお力を現実的なものに引き上げる方法がある。
それは銭だ。
謂うなれば約束を買うのだ。銭の力で相手の義務を確定させる。命令者、依頼者は上部に位置し、それの受け取り人は下に位置する構図が出来上がるらしい。銭の力と考えるから汚らしく感じるが、神は誰も見る事は出来ず、案外と気紛れだから、はっきり見られる代替品でこの場を繕うのが人が出来る唯一の手段だ。神も微笑んで御覧になっておられると信じて。
白い封筒がいい。江戸の下町の大家はちり紙を忘れても、いつも心ずけのお引き(小さいのし袋)を持つのがしきたりだった。旦那様や大人になるのも生易しいものではない。人は貴方の為にと粉骨砕心するのではなく、余禄を期待してするのだ。
パン喰い競争の感じだ。貰えなければ走らない。渡すのにも高度な技術が必要で、
「そら!」などと机に投げるようでは新興成金だ。
さりげなく、忍びやかに、遠慮がちに、感情を逆撫でしない配慮で。中身も大からず少なからず、定価表など何処にもない。
チップを値切ったと自慢する日本人は、長い貧乏の日々から抜け出せない俄か成り金、所得が数百倍の開きのある人達と高い安いと揉めて何になる。知らないで騙されるのは間抜け、旦那はわかっていて騙されるのが本当の旦那様なのを知らないのは、どう言い訳してもまだ俄か成り金なのだ、日本人は。

文化的にジャワは奈良京都のように爛熟している。断定的言動や大声は確実に軽蔑されるから、江戸っ子気質、「面倒だい、べらんめえ」はこの国の気質には合わない。多くの軍人を輩出しているスマトラ・バタック人の闊達さも、ここでは野卑で下品な連中と陰口を囁かれる。宵越しの銭を持たず、スットコドッコイの竹を割ったような生一本の男らしさは単なる頓馬、もしかしたらここは限りなく進歩した女性国なのかもしれない。
ああ疲れる。生きざま死にざまの美学の国が懐かしい。

 
 
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