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20 Amuk

Amuk: (集団で)発狂して暴れること。   インドネシア小事典 大学書林
Amuck: 暴れまわって。気狂いのように乱暴を働く   コンサイス英和辞典

 英語にも使われるアムック(アモック)は日本語では付和雷同で、理由も知らず分からないまま集団で暴力、破壊、略奪行動に走る狂気をゆう。
インドネシア列島人種とりわけ最大派のジャワ人は世界でも希な柔和でおとなしい人々といわれる。
ポルトガル航海者もオランダ植民者もおしなべて記録し本国に報告している。血で血を洗う宗教戦争も民族紛争も聞かないし、我々が付き合う人達も争いを好まず、礼儀正しく控えめで温厚な性格にみえる。
自分を主張したり大声をだすことすら、下品で粗野な人と蔑まれる。
アムックが国際語になったのには、そのように優しい人々が突如何かのきっかけで狂気に走る激情を秘めているからだ。いわゆる野次馬が当事者以上に興奮して、集団化しつつ暴力の為の暴力が破壊と放火略奪に発展してしまう。流言蜚語でモブ(集団)は飛び火して、町中の治安が破壊されることすらある。
日ごろ内攻していた潜在欲求不満が爆発するのか。暑い気候のせいか、単なる無知か。
アムックの特徴は、奇妙なことにその発生と同じように突然と沈静化して、何事もなかったかのような日常に戻ってしまう。
体力限界なのだろうか、病的な発作なのだろうか。
多くの外国人がこの衝動の本質を極めようとした。
イスラム教は禁制が多く教導的で楽しみを発散する祭りじみたものがない。
本来歌舞音曲まで自制しなくてはならないし、男女同席も禁制事項にはいるから日常は味気ない生活のようにみえる。忍従と欲求不満が現状破壊を求めるのか。貧困と差別や権力の弾圧の爆発なのか。トランス状態になり易い性質なのか。理由ずけをしてもあまり意味のない病的な狂気だとすれば民族的資質になる。柔和な民族性とはゆうものの事件での残虐性はすさまじいものがあるのは知られている。
アムックはこの列島の裏側の黒い性情として密かに語られ、消えることはない。
 たとえば日常よくある交通事故などで、ここの男達は普段は決して腕力など使わず延々と話し合うが、まわりに徐々に見物が集まりだし、当事者以外で議論口論になってゆき、それが何かのきっかけでモブ化するともう収拾がつかない混乱となる。こうなると警察も銃火も制止できない狂乱となる。
イスラムを侮蔑したのが原因とか、華人の強欲に起因するとか権力への反発と事後理由ずけがされるが、歌謡、運動大会や集団礼拝、盛り場などで起こりやすいのはいなめないが。発端の軽重と事件の大きさの関連はなくまったくその時の成り行きでしかない。

選挙運動をコンパニエとゆう。
どこから集まったのか、選挙権もないような少年も混じる無数の若者がトラックに鈴なりになり、バイクに数人が乗って大通りを我が物顔に蛇行を繰り返す。主義主張に関係ないモブと化して顔色も目付きも凄まじい。そうなると警官の制止も聞かばこそ、些細な事がきっかけで見境のない暴徒になる。

 インドネシアは二十年に一度大きなアモックが起こるとゆう。
いわゆる930事件、1965年のその日の共産党内乱と鎮圧で政権が移動したが、半年で数十万人の人々が殺戮された。PKI(共産党)と名指しされただけで、支那人といわれ金持ちだけで、市民から軍隊民兵の区別なくジェノサイトが起こった。当初は共産党非合法などそれなりの理由があったが、その後の半年の庶民の狂気的行動はとてもここには書けない。
それから何事もないまま三十年あまりたった。平穏が続くほどそのリアクションも大きいといわれるが。

SARAとゆう略語があるがまだ市民権は得ていない。
Sukuisme(種族主義) Agama(宗教) Ras(人種) Antar Golongan(階級) を指す。
他種族不和はそれまで没交渉だった異種族が、交通改善、都市化、政策移民などで隣接居住することで習慣言語などで軋轢が、異教徒排他、華人迫害、貧富層共存、ひいては現政府権力の腐敗への不満反攻を指し、これは民族統一を目指す共和国の最もデリケートな問題である。
権力は往々国内の不満を外圧に転化することで収拾してきたが、共和国にこれといった外圧がないからそれを利用することはむずかしい。
最近SARAに起因する騒乱が多発しているといわれる。
1997年はこれまでより一層の事件がおこる庶民の予測は、ある雑誌のアンケートによれば50%と、少ないとする15%を上回っている。
ここに挙げた事例はあくまでマスコミの報道だが、官憲に握り潰された事例またはいわゆるガス抜きといって、治安対策を故意に放置することもままあるとゆうから犠牲者も含めた記録や発表に信憑性は薄い。治安当局はいつも行方不明者として処理する悪癖がある。また犠牲者の中には身分登録(戸籍、居住証)がない人達も多く人権以前の問題だ。

 インドネシア共和国は現在アジアで最も安定した治安を維持してきた国である。強力な国家権力と”指導された民主主義”とゆう奇妙なお題目での強権警察国家であっても。
地理的要因(島嶼国家)から、不安定要素が全国に蔓延しにくいこと、地下反政府組織も徹底的な弾圧にあって弱体化され、銃器管理も徹底している。
アムックが地域的な暴挙として収束しているが、昨今の政情や経済が及ぼす人心の不安は明らかに増大しており、予断を許さない方向に向かっているのを憂慮する。
「種族的にも宗教的にも住み分けがなされてきたインドネシアでは、地域毎の差別化(独自性か)こそが国民融和の鍵である。多様性を無視した統一思考のリスクは余りに多い」
インドネシアのSARA問題を井上治先生はこう結んだ。
多様性の統一こそが共和国建国の精神であるが、反面インドネシアはひとつの旗印で義務教育、都市化とともに急速な中央集権単一化(ジャワ化)に向かって進んでいる。国是も古典文化、政治経済の埒外でしか機能していない。
過去連邦制も僅かな期間存続したが地域の偏在性からも成立しないだろう。
良識人が人権、民主化と誹謗する東チモール問題も、一糸のほつれから他地域が追従する内乱に発展する危険は多く、当初の齟齬があったにせよ外部の干渉で問題を輻輳させてしまった。
大規模なアムック騒乱が起こる地域はある程度特定される。
西カリマンタン・ポンテイアナク: 住民の華人の割合が拮抗していることと、ダヤク族と移民の軋轢が強い。SARAの要素を包含している。
南スラウエシ・マカッサル: ファナテイックイスラム圏で、過去オランダ時代から中央の弾圧が多く種族的にも戦闘的な地域である。
東ジャワ・マデウン: 共産党時代から過激な地方。
西ジャワ・タシクマラヤ: アムックの頻度が多い。
西ジャワ・バンテン: イスラム因習が強い。ジャカルタ西郊のタンゲランは過去政治的宗教的アムックが発生した。
ここまでは1997年頃の草稿だった。

首都ジャカルタでのデモ崩れの掠奪放火。
東チモールでの紛糾の末の国連管理。
アチェの長年にわたる中央不信。
アンボン、北マルク州でのどうにもわからないアムック。
宗教戦争と報道されるが、扇動による流言での相互不信、移民激増でのパイの奪い合いが主因と考えるが、あんなにおとなしい住民がどうして首を竿に刺して見せびらかしたり、死体をバイクで引きずったりできるのだろう。そうして子孫代々、孫子の代まで憎しみが残るのだろうか?
それも違うようで、明日になれば忘れてしまう。
やはりアムックなのだろう。

 
 
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