慢学インドネシア {処かわれば品かわる}
 
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4 昨日、今日、明日

時の移り変わりを謂う。
一日は二十四時間で区切られて、一応未来永劫に続く。
一応としたのは、一神教には最後の審判の日があり、地球はどうあろうと人の世は終末があると教えるからである。
インドネシア人は時間にルーズだとか、約束を守らないとかとイライラする人がいるが、インドネシアはイスラム暦でもあるから陰暦で、一年は十日程短い。暦はそれで動くから行事や祝日も毎年ずれて行く。常夏の国では寒暖の変化はないから体勢には影響はしない。
基本的なイスラム暦に西暦2000年ミレニアムが絡まり、最大人口のジャワ暦も影響するしヒンドウ暦、中国暦と重なるからとても時間などに神経が及ばないのかもしれない。そもそも時間など、あってなきようなものと申したら現代生活は出来ないものなのだろうか。
東西に長いインドネシアは時差三時間。昔首都とスマトラは一時間遅れ、バリは一時間進んだ時刻だったから平等に六時に朝夜交代した。島が動いたわけでもないのに今は西部標準時(WIB)で時差はない。スマトラ・メダンの日の出は七時過ぎ、バリの日没は夕方五時。
シンガポールはジャカルタの西にあるのに一時間早い御都合主義。
時はうつろうものか。どうもそうらしい。断食明け新年到来(Hari Idul Fitri)は分秒単位の正確さで報道されるとゆうのに。間違って更送された長官もいた程だ。

我々の昨日は昨日ではっきり確定している。 明日−あした−もあしたしかない。
此処の人々の頭はどうもそれが違うような感じがする。
今日は同じだ。明日は Besok,Esok と云って日常生活に問題はないが、どうもそれが、と言うのは、ベソッは明日に続く未来も含まれる認識がある。
明後日は Besok lusa と辞書にはあるが、会話では余り使わない。Lusa も明後日の意と一両日の意味がある。
有名な歌の中に、Esok lusa kita berjumpa pula ( あさって、またお会いできるよう)とゆう詩があるが、前後の言葉からそれは'いつか、また'の意味が強い。
あしたは明日に続く未来を含んでいるから、約束事で確約出来ない時には、Nanti besok ya と言う。こっちはてっきり明日と考えるが翌日来ず、約束を破ったと怒るのは貴方の語学力不足、態好く断られているのが分からない。近いうちとゆう意味にとった方がいい。またはそのうちに、またいずれだ。
これが外国人には紛争の種になり、自分の無知を棚にあげてべそをかき、彼等は約束を守らないとほざく。やんわり否定されているのが解らない。
昨日も同じ伝で、Kemarin,おとといが Kemarin dulu だが、時によっては'この前'と言う時にクマリンが使われる時がある。日常会話でこの時制がいちばん厄介だと思う。
Pada waktu dulu 以前とゆう慣用句があるが、それは遠い過去をも表すから、数日前を確定したい時に一瞬日・イ会話辞典が頭に浮かぶ。dulu は先に、以前にとあるが、お先に失礼とゆう時にも使われるし、これが頭にうかべば、過去を言わんとしていると漠然と想定する。
先週とはMinggu lalu だが、Lalu は経過、通過をも表すから正確とは云い難い。
前の週ともとれる。そして'それから、それで'とゆう時にも頻繁に使われるから困る。
数日前を表すには、Be'berapa hari yang lalu とまた辞書の厄介になって舌を噛みそうにブ、ブラパなどとやるが、こっちの人の会話にはそんな表現はついぞ聞かない。
しかし明日を表すベソックは明日に続く未来を含み、昨日クマリンは昨日を含む過去もさす。

インドネシア語文法上での完璧な時制はない。前後の内容で判断しなければならない高等語だから、確定する必要があれば日付けで表さねばならないだろうが、、。
キラキラ(大体)が此処では多く使われるが、それでも済むのかもしれない。
彼らと約束したら半日いや、それ以上の遅れは覚悟せねばならない。定刻に行くのは、相手もいろいろあるだろうし、第一自分のプライドが許さない。偉いさんは決して定刻には来ない。来なくても約束を破ったなどと興奮しない。そのうち、ベソックには会えるだろう。それで長くも短くもある人生への影響はないから。
まあ、約束そのものをしない方がいいとも言える。

年はTahunで、英語で year とは云わない。日はHariでどうも母語のようだ。
時はJam で hour は使わないのに、分になると突然に MENIT と明らかに英語からの流用のMINUTE を使う。秒のDETIK は本来時計が刻む音で、機械時計が表れる前にはなかった言葉だろうし、調べたわけではないが、語感から外来語を連想する。
この間まで彼等には分以下の時間帯がなかったのではないか。西洋の干渉を受けたのは多い少ないの違いはあっても日本も経験したが、西洋機械文化が入った時代に、日本人は彼等よりミクロの時間を持っていた。剣術使いは西洋人も知らない秒の百分の一の毛だか厘を数えられたとゆうから随分違う。日本人は遡った時を想定してのカウントダウンが得意だから、計画遂行には打ってつけで正に寸秒の単位でやってのけるが、此処は未来永劫六時に陽が昇り六時に陽が暮れるし、寒くもならないし昨日も今日も明日も何も変わらない毎日同じで、盆も正月も年によって変わるから遅れようと別に困らない。

週はアラブ・イスラム語でクミスとかジュマットを使い、月を表すにはエイゴもどきでジュニとかアグストスとかと使う。なぜ?
言っちゃあ悪いが、いい加減なのか拘らないのか、、いや、止まっている考えがおかしいとも云える。アナログとデジタルの違いだ。
「そこまでどのくらいかかる?」と聞けば、「二日と一晩」とゆうように答えられる。
我々の一日は二十四時間だが、此処では十二時間区切りになるらしい。
これも人により三十六時間(二回の昼プラス一晩の36時間)の場合と六十時間(二回の昼夜と一回の夜の60時間)を指す時があるから要注意だ。
日は Hariでこの語が24時間か12時間か特定出来ないのが困る。ハリは日と昼間も表すからだろう。
極めつけの混乱がある。
「十時半に会いましょう」 これは午前午後の違いはあっても十時三十分過ぎ、時計の針が10と30のところに来た時を表すのは万国共通、だと考えると間違いだ。
此処では30分前を言うから9時半になる。十時の三十分前が正しい。
Stengah TigaをThree Thertyまたは三時半と思うと一時間間違える。これも日常習慣に基ずく言いまわしだから学習しても咄嗟の時の役には立たないから、決して三十分刻みでの約束はしないのが無難だ。
数字感覚欠如? とんでもない、計算は分数がお好きで、25は四分の一、45は四分の三の表現を使う。 
まだまだ終らない。
土曜の夜サタデイイブニングといえば何やら浮き立つ。直訳してサプトウマラムと言うのかと申せば、それは誤りで、マラムミングー(日曜夜)と言わねばならない。土曜日の夜は土曜日の終わりに訪れる(土曜日の夜)のではなく日曜日のはじめなのである。
じゃあ日曜の夜はといえばミングーマラムと言うが、使われることは少ない。
まあ、サテデイイブニングの三十分刻みのデートは頭が混乱するから止めたほうが無難。
愉しかるべき土曜の夜が丸一日ずれてデートをすっぽかす事になる。
此処の人は時間を守らないと外国人は言うし、彼らも自嘲的にゴムの時間(Jam karet 伸び縮みする)といって笑う。
絶対時間は変わりようもないが、体感時間程変わるものはない。
"惚れて通えば千里も一里、待つ身の辛さも一夜は一刻"
人間にとって時間経過は明らかにゴムのようにワープするものだと分かったのはこの国に住んでからだった。

明日は神のみぞ知る。少し前の時代は、起床五分前とか海軍式分刻みのスケジュールを強制されたり、流石ドイツ人は時間を守るとかとお手本にされたりして来たが、最近文化圏では人間工学とか、人間らしい生き方とかが持て囃されて、フレックスタイムの導入などと、横文字なら進んでいる感じがするが、此処の人たちはずっと前から今でも、超モダンな時間の観念を持っていると思わざるを得ない。
疑問に思ったり困ったりするのが遅れているのであって、南国の時間は大河の如く悠々と、'時'を超越して流れてゆく。

 
 
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