慢学インドネシア {慢学インドネシア語}−教本にはない語学−
 
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外国語の学習

外国語を教科として紙と鉛筆で学習して久しい日本の学校教育ですが、一向に成功していません。これは話す機会が殆どない閉鎖的な国情によるのでしょう。 
語学とゆう堅苦しさは学者のもので、必要に迫られて喋るといった感覚が絶対に必要で、文字や読書記述はずっと後の学習でしょう。文盲でも喋れるわけですから。
会話が最優先なのは幼児でも同様です。より多くの機会と時間をその言語界に置くこと、使うこと、その言葉で考えることが大切です。
身近かな例が外国人力士で、来日してからずっと部屋住みで、24時間日本語の中で暮らしますから否応なく例外なく言葉が上達するのは、野球選手(契約で来て自分の時間もある)より早く優れています。学校での学習では学校外では母国語ですから好結果は得られないでしょう。
文法も後には学習する必要はあるでしょうが、肝心なのは"そうは言わない"と感じる力ではないでしょうか。街では文法的に間違った会話が氾濫していて、それが日常の通じる言葉なのです。間違った文法「絶対いい」が大手を振って使われているのですから。
下品と言われる言葉も時が経ってその言い回しが重宝なら標準語になり得ます。ヤバイなどつい昨日はごろつきしか使わない野卑な言葉でしたのに。

音は耳から唇へ
 語学修得には個人差があるようです。学歴は何の優越にもなりません。ヒアリング(聞き取り)耳が鋭敏な方が有利なのは当然ですが、必要でも関心がないと進歩はそこで停止してしまいます。長い年月ご苦労された未帰還日本兵で殆ど喋れない方も見受けるのは日常不便しない段階で興味が失せた結果でしょう。とにかく喋ることです。
他国語が達者な人は耳がいいとゆう事は、愉快なことに彼は発音の影響を受けやすいともいえます。方言などがすぐ移ってしまいます。だから頑なに文法を固守したり正しいとゆう発音を守りたい人の進歩は遅いとも云えます。要するに通じるか否かなのですから。
二次的意志表示に表情が重要なパートを受け持ちます。
電話での会話は対面会話に比較して非常にむずかしく誤った理解をし易いのです。
顔をあわせ眼を見つめ、表情豊かに劣っている言語を補うことは大切ですから、電話会話は普段より簡潔に、充分注意して会話することが大切です。

言葉は音声に文化が埋め込まれ
言葉には環境とその民族の歴史習慣が色濃く反映する文化の鏡ですから、流暢に喋れても完璧なバイリンガルは不可能と考えています。喩えなどは訳しようのないものがあります。強い訛りと不正確な発音の外人の他国語をどう相手に理解させるかも技術だと思います。言い回しによって、主題を強調するなど工夫が必要です。


 
 
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