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インドネシア語の歴史

 インドネシア語−Bahasa Indonesia−はインドネシア共和国の国語です。
言語学ではオーストロネシア語族マレー語(Bahasa Melayu)に分類され、同族には、西はマダガスカル、北はタイ、ミャオ、ヤオ、フィリッピン・タガログ語、東は南太平洋マウイ・ポリネシアの広い地域に分布して数億人の人々が用いています。
マレーシア、シンガポールも国語ですが日常使う単語、綴りにやや違いがあります。
ここで注意したいのは、世界にはマレー人種もマレー語も存在していないのです。
マレーとマレーシア(国家)とは異なります。マレーシアは新興複合国家ですから。
マレーとはムラユの英語訛ですが、ムラユ人がいるとすればリアウ・リンガ諸島の少数民族を指すのかもしれませんが、あくまで学術分類なのです。

発祥
ムラユ語はスンダ列島(インドネシア共和国)に最古の記録として七世紀スリウイジャヤ王国(南スマトラ)が残したパレンバン碑文群があります。
祖語は西スマトラ・ミナンカバウ族で、彼らがカンパス、シアク大河からマラッカ海峡周辺、マレー半島、リンガ・バンカ諸島にイスラム教伝搬とともに広め、この地域ではミナン語として現在も使われていますが(約四百万人)、国語となったインドネシア語からは地方方言になっています。

中世
十五世紀マラッカイスラム王国が、リアウ諸島周辺で東方群島各地の人との交易共通語として拡汎したといわれます。この交易語がマレー(Mulayu)語と云うのですが、元来マレー人種とゆう人はおらず便宜上そう呼ばれるだけなのです。マレー半島は極く近年までは政策移住の土地で文化を形成する歴史も人口もなかったからです。
だからこの言語はクレオール語と謂えるでしょう。そして現在世界で五番目に人口の多い国家の国語となり、表現力豊かに複雑で高度な文学も書かれるようになっていったのです。

十六世紀ポルトガルが香料を求めて遙かな東のハルマヘラ諸島テルナテ、テイドレ島に辿り着いた時には既にこの島のスルタン達はムラユ語を理解していると報告しています。
十八世紀英国東インド副総督T.S.ラッファルスが多言語地域マルク香料諸島に干渉する時にこのマレー語を交易外交、布教に用いました。
権益を握ったオランダは植民政策で住民を離反させる為、意識的にこの多言語大列島に共通語を採用しませんでしたが民族運動が起こり、各種族間の意志疎通の必要から1928年に初めて統一言語としてインドネシア語と呼び独立悲願の核としたのです。
日本軍政時、敵性蘭語を禁止してこのマレー語を採用し、結果的に群島各地に飛躍的に透浸しました。独立戦争で広い列島の人々が協力するのにこの言葉が威力を発揮しました。

近代
独立後、ひとつの国ひとつの民族ひとつの言語(Satu Nusa SatuBangsa SatuBahasa
Indonesia Bersatu)を押し進める新興国は、最大多数派でかつ強度の階級語のジャワ語ではなくインドネシア語を国語として義務教育で徹底的に普及に務め、これで400以上ある多言語国民が短期間に意志の疎通が可能となったのは世界でも例がなく、初代大統領スカルノの功績といえましょう。
現在、各地方語は国民文化として尊重され独自に存在しますが、広大な列島でインドネシア語は公用語として充分に意志疎通が可能なのは、このような多言語地域ではむしろ驚異と謂えましょう。インドネシアの何処に行っても、曲がりなりにでもインドネシア語で意志疎通が出来るのは旅行者にとっては福音で、またその言語が入門者には比較的楽に覚えられるのもこの地域の大きな魅力でしょう。
1990年の統計では、国民の68%が日常的には地方語だがインドネシア語も理解できる。15%が日常的にインドネシア語を使用、17%が理解出来ない。日常使用語最大多数は人口に比例してジャワ語38%、スンダ語15%、インドネシア語15%、2%でミナン、バタク、マドウラで残り22%がその他地方語とゆうことです。
広大なインドネシア列島ですから地方語は多岐にわたり、方言の域を遙かに超えてインドネシア語系列とは異なる文法を持つ言語や独自の文字を持つ地方も多く、インドネシア人は多少の差はあれ二カ国語を操るバイリンガル国民といってもいいでしょう。

インドネシア語はいい加減言葉
ある面では事実でしょう。
文法にもがっちりとした構成がないからです。契約・法律語では不向きといわれる所以は、同一単語でも構文や文章の前後で意味が変わってしまう事、語根に接頭、接尾辞を加えて動詞、副詞を作る論拠が確定していないからです。
いくら文法的に正しくても'そうは言わない'の方が正しいのです。
これは教本では学習出来ません。
考えて見れば、インドネシア語が国語として千万人以上の人々に用いられるようになってからまだ二百年は経っていないのです。
ミナンを出たムラユ語がリアウ多島海で認知されてから交易語として用いられた歴史から変幻自在、多くの外来語を吸収して成長する過程で独特の発達をしてきたと申せましょう。
現在でも、話言葉、書き言葉、新聞用語、男女語、敬語など全く異なると言っても言い過ぎでないほどです。会話堪能な人が新聞を読めなかったり、言語学者が街の会話に加われない事は多いのです。


 
 
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