慢学インドネシア {慢学インドネシア語}−教本にはない語学−
 
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インドネシア語の特徴

  世界の言語の中でも有数の美しい響きのある言葉で、困難な独立時代にスカルノがインドネシア語の名演説で民衆を鼓舞し酔わせ統一を果たしたと謂われています。
マラッカ海峡周辺地域で多民族の交易語として発達したこの言語の特徴から、発音はシンプルでアクセントも余り強調されず覚え易く、当初は単語の羅列でも容易に会話が出来ます。その事は反面文法的には確定要素が曖昧で、文の前後の関連で意味が変わるような不明確な言葉とも云われています。
これはこの言語の特徴である語根から接辞(接頭,接尾辞など)で作られる文体は、過去から多くの他国語の影響によって発達したので混用が見られるからです。それは煩い規則に縛られず、表情や仕草も発言を補い、慣習によって意志表明を補ってきたから斯くも広範囲に流通したともいえるのです。

交易と日常生活ではそれで充分ですが、社会が複雑になり発達して文学、技術、学術、法律関係の正確精密な確度のある言語としてはBahasa Pasar(市場語)では不十分であり不正確です。例えば'大きい'とゆう語根はBesarで、これに接辞がつきKebesaranとなると大きさ、威厳、壮大、大きすぎる、威光を示す物などの意味となって前後の文章から特定せねばなりません。Harusは、Must ねばならないと覚えますが、この重要な語も前後の関連でTo have to,Should be(望ましい), Ought(当然,の、のはず)Obliged(恩にきる、余儀なく、好意を示す)などの意味に変わってしまい誤解を生む事にもなります。
文法上正しいとされても慣習で異なった意味になったり、捉えられたりする事も間々ありますので、充分な配慮が必要になってきます。
インドネシア語は'入るは易しく、出るは難しい言葉'と謂えるでしょう。

移入語
また東西文化の回廊地域のこの列島には世界三大文明のサンスクリット語アラビア語、後世にはポルトガル語オランダ語の影響を多く受けて移入しましたから、時代によってそれらの語彙が混在する借用語、派生語が多く、最大多数のジャワ語、都市華人語、現在は英語の移入が極めて多いわけです。
例えば共和国の国憲である建国五原則Bhinneka Tunggal Ika、Gilgahayu周年はサンスクリット、Khabar消息、Rakyat人民、Guru教師、Huruf文字,Khas特別など多くがアラビア語から、MentegaバターPerangko切手Sepatu靴Meja机 Sabun石鹸 Pesta祭り Minggu週は葡語、Oto自動車、Obral売り出し Ondardil部品は蘭語 Organisasi団体、Renobasi再生 Generasi世代は英語から、Gede大きいはスンダ、ジャワ語も多く使われ基本語である否定のTidakは首都では Unggakを多用しています。 日本軍政時の借用語はヘイホ兵補、ロームシャ労務者、バキャロなどですが最近はカラオケ、ツナミ、ホンダなどが時代を表しているようです。
思想や日常語はアラブ語が多く、機械法律にオランダ語、最近は英語が洪水のように挿入されています。首都の若者は何故か華語を多用し言葉はひどく乱れています。

文字
表記には当初アラビア文字、ジャワ文字も使われましたが、独立後アルファベットで統一され、オランダ様のスペリングでUを Oe、Cを Tj、J を Dj、YをJと書きましたが70年に現在の表記になりました。
古い地図などにはオランダ語かジャワをJavaと書かれたものがありますが、もちろんJawaで、インドネシアの人にVは発音できずこれではヤファとなるでしょう。
インドネシア語には原則としてV,Q,はないからです。
私たち日本人が英語を習うときに困難なRとLの発音はこの言葉にもあり、もっと難しい発音にEとUが加わります。加えて吃音、鼻音、無声音、語尾音もあり、これがインドネシア語らしい美しい余韻を残すので学習しなければなりません。

畳語もこの言葉の特徴で同じ語を続けることで異なる意味を表します。
Kira 考えはKira Kiraで約・おおよそになるように。以前はKira2 と書きましたが現在はそのまま列記します。なかなかとか屡々などはこの言語からの移入と謂われます。
重語法は遠い日本語にも影響して、なかなか、しげしげ、すくすくなどと使われます。
沖縄は古くから南北海上交易の中継地でしたから言葉も移入されて、郷土料理チャンプル
(混ぜ料理)は明らかにムラユ語の転用ですし、有名な民謡ユンタの囃子詞のマタハリーヌ、チンダラカヌサマヨーはMataharinah Cinta kamu samasama yohお日さまの下で、
お前と睦みあおうじゃないかとゆう同じ意味です。

英語 × インドネシア語
英語が解る人の学習は往々英語からインドネシア語を連想したり置き換えたりしがちです。外国語=英語で連想するからでしょうが、強いて申せば英語との距離よりインドネシア語は日本語との距離の方が、人称代名詞をあまり使わないことや主語があいまいな共通点などを考えるとずっと近い気がします。
インドネシア語は品詞の確定が不明確だったり、日本語にもみられるように主語述語、時制が曖昧だったり、英語ではそれがなければ語にならない人称代名詞(I am,You areなど)が省略されるからで、英文イ訳すると非常に不自然な表現になりがちです。
アルファベットに片仮名を振って覚えようとするのは感心しません。発音がめちゃめちゃになってそれがずっと抜けないからです。 Kucing猫 Kencing 小便、Jalan通り Jarang 稀に の違い、Bandung(都市名)もバンドンでもバンドウンでもなく仮名では書けません。
いつまでも日本語で考えて和文イ訳をしていては上達はしません。常時言葉の洪水の中に自分を置いて置くことが何より大切なのは耳を慣らす為です。

久しぶりで帰国しての会話で無意識に Apa? と出てしまい、現地ぶってると言われても、本人は意識外に喋っているのです。こうなればしめたものでしょう。
ラジオをつけっぱなしにしておくとか、勧められるのは歌を唄うことです。なるべく多くの易しい歌を選んで暗記して唄えるようにすれば発音は確実に上達するでしょう。歌詞も覚えて書き写し意味を把握すれば愉しみながら学習できるでしょう。
その言葉で夢を見たら進歩の標識とも云われますが、面白いことには夢の中で喋っていて、
言い回しが出来ないと眼が覚めてしまうのです。

会話力
どんなに言葉の習得が苦手な人でも、その環境にいて努力すれば誰でも会話は身に付きます。おおよその目安は毎日言葉とともに暮らして半年もすれば、日常不自由しない位の会話は収得できます。その後は努力と個人差でしょう。
インタヴユーでの外人お相撲さんは野球選手より圧倒的に日本語が達者です。これも相撲の世界が部屋制度の賜で常時異国語の集団で暮らしていたからなのでしょう。
しかし語彙は自分の生活の範囲に限られるようで、違う世界のヴォキャブラリイは興味と必要でしか増えないものです。応用は効きません。日々市場で買い物をする主婦の食料品雑貨などの単語獲得ではその夫は到底太刀打ち出来ないのです。
また、男性より女性の方が、関東人より関西の人の方が会話力に優れているように感じます。肩肘張っていない融通性で勝っているからかもしれませんが。

言葉は生き物 臨機応変
会話教本の先ず最初は判で押したように初対面の挨拶で始まります。
「こんにちは、ご機嫌如何ですか」「お陰様で元気です」「お会い出来て大変嬉しい」とか。
果たして私達の日常でこのような会話がどの位の頻度で使われるでしょうか。
にっこり微笑んだり片手を挙げたり、この段階での言葉はむしろ使わないのではないでしょうか。日本語でコンニチワ、アリガトウでも充分なご挨拶になります。
学校の英会話でI'm glad to see youと習ったものが今ではNice to meet youが主流になったようにインドネシア語でもApa Khabarご機嫌いかが? Khabar baikお陰様では常用しますがSaya Senang hati bertemu Tuanお会い出来て大変嬉しいは余り聞きません。
今日わはSelamat siang さよならは送る人はSelamat Jalan(道中ご無事で)送られる人は
Selamat Tinggalと習い決して間違いではありませんが、人口の90%を占めるイスラム教徒はおしなべてAssalam Alaikum,Alaikum salaamです。
若い人たちはどこでもHai!だけですし「じゃあねえ」はDah!、おいとまする時はPermisi(多分Permitから?)で、Selamat Tinggalとは言いません。 会う度にSaya sangat gembira berjumpa bapak 私は貴殿に会えて殊の外嬉しいではむしろ不自然に感じます。サヨナラは既に世界語です。会話は臨機応変、スムースでなくては堅苦しいばかりか上達も遅くなるでしょう。スラマットテインガルで別れるよりむしろサヨナラの方が粋です。

会話は実戦力ですから;
1. 文法など難しい法則は措いて、先ず主要な単語を丸暗記します。最初の勝ちは名詞の数です。
欲しいMau を覚えこれに否定Tidakをつければ要らないになりますからあとは食事
Makanan 飲み物Minuman 果物Buahanなど日常単語、どんどんヴォキャブラリイをふやしてゆきながら、辞書や教本で確認してゆけばいいだけです。
外国人だから臆する事はありません。表情豊かに手振りも交えて単語を羅列するだけで結構意志は通じます。笑顔を忘れずに。
2. 次は疑問詞です。私たちは解らないことだらけで質問する場合が多いからです。
最初はApa何 いくつBerapa なんでMengapa など。口語ではこのMengapa(どうして?)はNgapain, Bagaimana(なんで)はGimana, Tidak(否定)はジャワ語のNggakが多用されますからやはり教科書より耳優先でしょう。数詞も覚えましょう。
買い物で教本通りに「Berapa harga ini? Mahal sekali! minta potong ini」などとやっていたらいいお客さんになるでしょう。実際は「Barape? Masah Kokまさか!
Matinya? 死に値は?Lagi Gope!五百 Ampundehまけそお Biar ambillah持ってけ。
3. 最初は大変なので安易な方法、プルギです(行きます)とかメラでしょ(赤でしょ)
マハルねえ(高いわねえ)などとちゃんぽんで喋る方がいて、買い物では案外通じるので癖になってしまいそれ以上の上達は止まります。日本語混合は不可です。

発音
母音はa,i,u,e,oと曖昧母音e、とアルファベット26文字(Q,Vは外国語以外使わない)
とC,Kh,Ng,Sy,Kyが加わりますが、通常はローマ字読みでいいといえましょう。
CはCari 探すチャリ、Cinta 恋チンタ ローマ字読みでChに、KhはKhabar便り カが吃音になりカとクアの中間、Sy はSyair詞 シャ、KyはRakyat人民 キャではなくどちらかといえばヤに近いからラヤットでしょう。日本大銀行員の名刺には堂々とラキャットと刷ってありますが誤りです。これらの語はアラビア語系に多く見られます。
Ng は鼻音Ngeri 恐怖ングリ、Ngapa(mengapaの短形)何 ンガパ、ジャワ語系。
LとRは英語と同じですが、Rは巻き舌で語の最初と最後にあればなんとか巻けるが、語の中にあると難しく練習よりほかに手だてはありません。私達の耳には同じに聞こえますが明らかに違い、意味も通じません。地方人により強弱があります。
語の最後のT,H,K,Gは聞こえないが発音しなければ言葉になりません。Takut 怖いはタクではなくタクッ(ト)でTを発音しタクットでは意味を為さない難しさがあり、Pokok幹ポコ(ク)は聞こえないが発音します。Pindah移動ピンダ,Sudah終わるスダのHの場合は次の語との間隔が一瞬僅かに伸びる感じがします。語尾音を発音するかしないかでインドネシア語の美しさが大きく変わるしこの言葉の大きな特徴であります。

あいまい母音
最も多く現れ最も難しいのがE,Uで、Eはウであるがエでもある中間でUはウとe より強く聞こえ僅かに長い。Sebelum未だはスブルムとしか書けないが初めのスはセに近い。東方人はeをエと発音します。NusaTenggara東南の国は、土地の人の発音ではヌサテンガラ州が正しいのが、ジャワ人や日本ではヌサトウンガラと書きます。
名曲Bengawan Solo はブンガワンで間違いではありませんが、ブの発声がBUより弱くバに近く、日本人が唄うとブウンガとなってBunga-Uang(金利)と聞こえるそうです。
この曖昧母音は多分ジャワ系の言葉が移行したのではないかと思いますが分かりません。
昔の綴りでUはOeでしたからそんな感じを思い出せばいいのではないかとも。
Dはデーではなく独特に聞こえるのはやや鼻音になるからでしょう。州都Bandungはバンドンではなくバンドウンとしか書けないがやや正確ではありません。Iは原則としてイですがIndonesiaをエンドネシアと発音する人が多い。イとエも微妙です。
接尾辞をつけて名詞にした単語例えばPujaan賞賛、Perasaan感情など語尾に母音が並ぶ場合プジャアーンではなくプジャアアン、プラサアアンと2音を正確に発音します。

地方母語の訛りがインドネシア語に影響して発音も地方人により異なり、種族性を反映しますから表現も使用単語も地方によって変わってくるのも当然のことです。
言葉は生きていて変化しますから、年輩の人の話し方と若者の使う言葉も異なりますし流行り言葉も都会と地方ではまた違ってくるのは何処でも同じです。
マルク・アンボン人はeをエとPekan週、Remaja青年もペカン、レマジャと発音しますから日本人的ですが、通常はプカン、ルマジャと聞こえます。
ミナンカバウは吃音、語尾音が明瞭です。ミナン語ではKampong村を Kampuang、 Adik 妹はAdiak、Payakumbuah県都と書きますからパヤクンブではなくパヤクンブアと一層強調され標準語にも影響します。
普段多く使うApa何 もアパではなくアポ、アペと訛る人もいます。
言葉は伝染しますから先生や周りに大きく影響されるようです。ネーテイーヴと学習するとその訛が移りますから教師を選ぶのも必要かと。
教科書通りではない難しさと面白さがそこにあるようです。

インドネシアの人はカの発音が不正確でキャになります。バカはバキャのように。
同様にツもチュに、スンダ人(首都周辺)はDiをJiに近くTをTeuと発音します。

中級
言葉はリズムとトーンがなにより大切なのに、それを強調する会話教本にはお目にかかりません。インドネシアの人々は礼儀正しく、常に相手の気持ちを配慮して注意深く慎重に行動する国民性があり、言葉もそのように優雅で優しく、要求なども直接表現は慎んでいるようです。
インドネシア語でのトーンはこれを充分に配慮して、当初から優しく上品に話す習慣を身につけたいものです。野卑な大声や命令口調は嫌われるだけでなく尊敬も得られず、最悪の場合,なんとなく依頼したものが強い命令口調に取られ大きな誤解を生むような事にもなりかねません。語勢はこの言葉で特に留意すべき事です。
彼らの話言葉を注意していると、Kalau(ならば、もし)やKatanya(噺では)で始まる場合が実に多く断定しないのも国民性を現しているのでしょうか。

◆ 言葉はリズムがないと愉しくないばかりでなく、それ以上に達者にはならないもので
す。英語会話の得意な人は多いけれど、リズムがないように感じます。You Know, You seeだけで本来のIsn't it? Aren't you? Would you? などを使い分けないようです。意味のない繋ぎ語、相づちなどは喋りが柔らかく聞こえ潤滑剤的役目を負うでしょう。
言葉を繋ぐ時、それからをDan(And)で連発すると、いくら上手でも言葉が切れて耳ざわりです。Lalu,Lantas,Tersebut,Ternyata,Jaitu,Justu,Sebenarnyaなど人の喋り方から学ぶ気持ちが大切です。
インドネシア語にももちろんそのような言葉は多く、謙譲の美徳からか主題より装飾とか
言い回しが多い場合もありますが、直接断定語よりいま日本でも使われる・・の感じMerasa
,Merupakan・・みえるなどを挿入すると柔らかく聞こえます。
日本人が上達するとなぜか語尾にnyaを付けるのでニャアニャア言葉と云われます。所有代名詞なのですが余り勧められません。

◆ インドネシア語は話し言葉と書文、新聞用語に日本語より違いが大きい気がします。
手紙などに使う用語と会話では異なるのは候文がまだ生きているようです。
気品、上品、公文には圧倒的に受身形が多く新聞もそのようです。
貸し家もはSewah RumahではなくDisewahkan 売りますもJualではなく Dijualが一般です。
加えてインドネシア語はAkronim(Kata singkatan 略語)が氾濫します。用語の頭文字を取ったもの、省略語が無差別に採用され時によって変わり、読みもアルファベットの場合と略字をひとつの単語として読む場合とが混在し、その都度覚えるよりありません。
 ABRI : Angkat Bersenjata Ripabrik Indonesia 国軍   Jabar: 西ジャワ州
 D.P.R : Dewan Perwakilan Rakyat 国家最高代議院   Sulsel: 南スラウエシ州
 P.D.I-P: Partai demokratik Indonesia Perjuangan 闘争インドネシア民主党
NU: Nahdatul Uramah ナフダトウルウラマ  PKI: Partai Kominis Indonesia 共産党
Drs. : Doctorandus 学士   Ir. : Insinyur 技術士   SH: Sarjana Hukum 法学士
S.D: Sekolah Dasar 小学校   S.M.P : Sekolah menengah Pertama 中学校
S.M.A: Sekolah menengah Atas 高校   U.I: Unibasitas Indonesia インドネシア大学
Kpd Yht: Kepada yang terhormat貴宛 Tgl: Tanggal  日付 Dll: Dan lain lain その他
Wartel: Warung Telepon dan Telegeram 電話電報取次所  

◆ 習慣の違いから、全く異なる受け取りをされます。日本人が最も困却するケースは否定疑問形の返事が全く逆になる事(英語と同じ)です。
「まだ行きませんでしたか」行かなければハイなのに、ここではイイエになります。
二時半の約束は2時30分過ぎではなく3時30分前としなければ間違いで一時間違ってしまいます。会話ではただ半(Setengah)を入れるだけですから注意しましょう。
習慣はなかなか変えられませんから無意識に使ってしまいます。

◆ 日本インドネシア語辞書には編集時に英語、蘭語辞書の転用があったと想像される程誤りや不適当な記載が見られ特に和・イ辞書に多いです。とっくに死語になった語や誤った用語が散見されます。改訂も行わないのでしょう。会話教本にも不自然な言い回しが記載されたりします。
一例を挙げれば賢いはPintar と教えますが、どちらかといえば小利口な、ずる賢い、要領のいいに取られます。Pandai が正しいし、あだ名をNama Panggilanと直訳ですがAliasとゆう単語があるように。
六十年代後半、最初の渡航の時飛行機の中で急遽インドネシア語会話本を開きました。
挨拶: Tabek tuan apa khabar? ご機嫌いかがですかを先ず暗記して使いました。
ずっと後になってから親しくなった彼は言いました。「Tabek はオランダ時代の言葉だから使わない方がいいよ」これがれっきとした日本の会話読本だったのが忘れられません。
アジアの言葉を軽視して専門学者が非常に少ない弊害でしょう。欧米では宣教師を始め徹底的に語学をマスターして赴任するのとは違い、残念ながらマイノリテイランゲッジでしたが、近来旅行者も滞在者も急速に増加して必要度は過去の比ではありません。そのような環境でインドネシア語研究はまだまだ戸口にたった程度で、その意味からは可能性が大きい分野とも申せましょう。

インドネシア語の語形
Saya Memulis Surat cepat cepat 私は速く手紙を書く には語根、接頭辞Berと畳語があります。Saya tulis surat cepatan でも間違いとはいえません。
インドネシア語は語根に接頭辞接尾辞を付けて動作や状態(動詞)を表したり−Ber, Me,
受身を作ったり−Di, 名詞にしたりする−Pe.がありますが語根 Jahit 縫うは Penjahit で縫製人となりますが Tukan Jahitも同じ意味になり、duduk 座るではPendudukは住民で座る人ではなくOrang duduk になるでしょう。
接頭辞には: Ber- Me- Pe- Di- Ke- Ter- Se-があり語根で変化しますが、それは発音を円滑にする為ですからすぐ覚えられます。一例で、Surat手紙 mesuratでは発音しにくいのでmeyurat手紙を書く、Tanya質問metanyaよりmenanyaの方が自然です。
しかしこのTanyaでもbertanyaとmenanyaと表現があり定まった規則はありません。
この言語の曖昧さ、未完成なところかもしれません。
接尾辞には: -an -i kan -lah -kah -tah -pun -nda -wan -man -wati
中接辞には: -el -er -em がありますが Mempersewa, Menyewakan, Mempersewakanの賃貸しする意味に変わりはないのです。貸す貸したいのにDisewakanと書くのがむしろ正しいのです。 Dinamai, Dinamakanも名付けるでBeri nama Bernama, nama saya, namakuも大差ない意味となり使用法は混乱します。
Diをつけて構文を受け身にしますが、公文書や上品な言い回しは多くが受け身形です。
接辞には同語でも異なる意味を持たせるもの Terは受動態、最大級または畳語省略などが数多くあり接尾辞Kanも前置詞Akanの変形といわれたり強制、装飾であってもなくても意味が変わらない時も、語尾をあげて発音し同意を求めたり一定ルールがありません。
インドネシア語学習がいくら文法書で学習しても困難なのはこのような言語だからで、実地で言葉のニュアンスを掴む事が何よりも大切です。

人称代名詞
インドネシア語には人称代名詞が非常に多いのは地方語や身分や階級語が残っているからでしょう。余り神経を使わず、また知ったかぶってみだりに一般的でない語を使わないようにしましょう。二人称では思わぬ感情を害してしまう事すらあります。
一人称:Saya Aku, Beta, Kamiなど。Sayaが順当ですが、サヤサヤと使うのもおかしなもので'私'は必要以外多用しません。
自分の事を名前を使うのもよく聞きます。私は好かないをエデイは好かないとゆうように。AkuはSayaよりくだけた語だと謂いますが、詞や文章には使われます。サヤをハイと承諾に使う非常に上品な人も、首都の若者は華語のLuを使ったりします。へりくだったHamba,Sahaya,などは死語です。Betaは本来東方地区の語ですが有名な国民歌にも使われますから難しいです。公式ではすべて複数形のKita,Kamiを使います。
二人称:私達はTuan 旦那様Nyonya奥様と呼ばれるのは外人に使われるですが、通常はBapak,Ibuです。法律用語では誰でもTuanと書かれますが。言葉の終わりにPak,Buを
付けて同意を表したりします。Sure Mr.! Yah Pak!ですが日本語習慣にはありません。
君とゆう語は大変でYouだけではないのです。以前は同志Saudara が使われましたが何時からかAndaになってしまいました。AngkauやKauは見下げた言葉だといいます。
華語のGueは若者専用でしょう。Paduka,Yang Mulia, Beliau など高貴語は特殊語。
◆ 呼びかけ、レストランで「ちょっと!」と呼ぶ時はどうしますか。
ハローでしょうか。会話本にはこういった些細な事が書かれていないのです。
ちょっと失礼とMa'af!(謝罪)と呼んだら、どうして謝るんです?と聞かれたといいます。
此処ではBung!兄弟とかDek!(adek 妹)とか言いますが、店により振り向きもしません。
それはジャワ店だからで、Mas! とかSies(お嬢さん蘭語)と呼ぶと振り向きます。
Nonaお嬢さんをNonと呼ぶのは東で余り一般的ではありません。
日本では手を打ちますが日本だけの信号でしょう。フォークでコップを鳴らすのもやりますがあまり勧められません。

時制
インドネシアは'時'に対する考え方が違うのではないか、と漫学インドネシアに書きましたが、言葉でも文法的にもやや曖昧なのです。
過去を表すには Sudah をつければいい、未来を表すには NantiかAkanだと教わりますが、時間の観念自体が根本的に異なっているとすら思うことがたびたびあります。
彼らが時間にルーズなのを自嘲してゴムの時間の伸び縮み Jam Karet といいますが明日の Besok を明日、昨日 Kemarinを今日の前日と単純に理解すると失敗します。
彼ら自身も時刻では約束せず、マグリブの後で(その日第4回目の祈り)とか正確を期す場合は日にちのTgl.で確定しているようです。


 
 
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