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11 ブアの叛乱 第七章 1

「老田が昨夜から帰っていない」 と久保がドアを細くあけながら言った。 
「車は?」ビリビリが頭にあった。 
「ジープはあるみたい」
久保は口をもぐもぐさせていたが、決心したように、
「実はボス、奴はゆうべ山に行ったんだ。鹿を撃つってウセップと。ボスに一泡吹かすって、鉄砲持ってた」
念の為とゆう事もある。事務所に行く前カンドアに人をやり、鹿山の東側を捜すよう使いを出した。
その必要はなかった。プラントサイトからバイクの白い煙が近ずいてきて、「チュラカアン災難! トアンオイダが死んでいる!」  
我々は言われた場所に走った。
三人の中尉、保安係と野次馬の中に、それはもう黒く蝿がたかって転がっていた。老田と呼ばれていたそれは、頭が四散してうしろの岩にこびりついていた。
どっち側かの耳から片方の眼が鹿のように天を睨んでいた。
久保はしゃがみ込んで吐いていたが泣いてはいなかった。顔のない老田では実感が湧かないのか、生唾を飲み込んで眼をそらせ、背中をさすってやった。
強力なショットガンで至近距離から。この前の鹿と同じだがターゲットが違い過ぎる。暴発事故か? 
いや、狙って撃たれていると見た。
「ライフルではない」 ひとりの中尉が言った。
「被害者が隠し持っていたのか、心当たりは?」 「ない」
三人の中尉に処置を任せた。ウセップの捜査、そして事件を事故扱いにして呉れるよう頼んだ。

パイル下敷き事故の時はローカルの悪戯だったが、別枠から充分な見舞い金を出してやったのを思い出させる必要もなく、トンポ中尉は沈んで了承した。操作ミスの暴発もあるし、犯人を逮捕しても元に戻るわけでもない。
それより事故扱いで保険請求した方が、遺族の為にも老田の名誉の為にも小宮山の立場も傷がつかない。それだけ考えるのが精一杯だった。あとで噂が広がっても、こんな処まで保険屋は来れない。
しかし事故扱いで難航したのは当の小宮山だった。
また勤務中の私事を理由に、説明しても聞かず、もう手を引くとまで言わせて証書にサインさせた。
老田がこうなるまで、小宮山のことを小僧と呼んでいたからだとペンデが教えた。サトウは続けて、ウセップはバンブデンレストランの一件の意趣返し、娘の従兄だと。マカレーの山に逃げたらもう誰も捕まえられないと言った。

この土地にはシリッといって、恥の観念が非常に強い。
道徳律に照らしてシリッになると、生命がけで恥を晴らさなければ、本人はもとより親戚が村中の笑い者になり村八分になる。そんな家は転落して村の中に住めなくなる。
とり返しはつかないが、衆人のなかで妹が辱められれば、そんな事もあり得る。インテリのトンポ中尉ですら、妹がサトウテインギと仲良しになって、若い者同士内緒のピクニックに行ったら、婚期の娘がと髪の毛を持ってサッカーグラウンドを引き摺りまわした挙げ句、髪をずたずたに切ってしまった事があった。発狂したと勘違いした程の物凄さだった。
男女関係のトラブルで親族でシリッが定まると、縁者の中から屈強な若者が選ばれ、駈け落ちしたペアを捜す。経費は縁者が負担する。首尾よく目的を果たせばこの土地で裁判される限り、たとえ殺人でも執行猶予で娑婆にでられる。シリッだから。男同士が腰巻きのなかに入って切り合う事も昔はざらだったとゆう。両方とも怪我ですめばいいほうだ。

此処に火葬の習慣はなく、何から何まで、オンボ焼きまでやらねばならず、正直疲れた。
見様見真似で作らせた骨箱に遺骨すべては入り切らなかった。火力を計算していなかった為骨が砕けなかったのだろう。
ベッドに横になって、西部劇ごっこの老田、立てねえようにしてやると殴りかかった老田、老田、おまえもこんな処で立てないようになっちゃったなあ。
寝付かれない。岩にこびり付いた脳醤と弾痕はそこらにある鳥撃ち銃ではなかった。大型獣用のハイパワーで、スラウエシには必要のないものだ。誰が何の目的で持っていたのだろう。
老田は何処で手にいれたのだろう。
タスの動揺も考え、遺族に早く金が渡るよう報告書、遺品、サトウペンデが首から骨箱を下げ、開所式前の繰り上げ休暇を権利者に取ってもらう事にした。岩佐氏、山田が例によって体調不調を訴えたが慰留した。もう悪役には慣れている。
ペンデはシーツで包んだ骨箱に手をそえ、
「縁起じゃあなく、気が進まないんです。感てゆうか胸騒ぎがするんですよ、これだけじゃあ済まないような。
男たちの姿も少ない気がするんです。ウセップ捜しって言ってますが、そんなら昼間でなくちゃあおかしい」
「トラジャ迷信を信じるなペンデ、連中はロットレ夜遊びだよ。今度は人数も多いし君がいないとタスが困る。心配せずに頼む。小宮山君も岩佐さんもシリッになるようなパワーはないから」 
ロングホイールのランクルはドアに大きくP3の白文字を浮き立たせ遠ざかって行った。


フェスタプンブカアン(開所式)を二週間後に控えて、軍のトラックが打ち合せに訪れた。
ラジャデインの言っていた'シンガポール製'も積んであった。
「あれがP3製のベニアだよ。塚本部長に小宮山課長は着任四ヵ月で遂にシンガポール製に負けない製品を生産しましたと、板と一緒の写真を送ってやる積もりだ。部長はそれを見て赤字がこれ以上増えないと、泣いて喜ぶ」
「ひどい」
「冗談だよ。それに俺の知恵じゃあなく、天下のサンバス将軍の計り事」
ざれ口をたたいていると、ステイムランが呼んでいるとゆう。
部屋に行くとあとの二人もいた。危険分担するようにいつも三人。頑張れ、あと少しの辛抱で士卒もつく。
「ミスタオシタニが相変わらず強情で、ボイラーは焚けないと言っている。スチームが無ければスライサーは動かない。調整して呉れ」
「オシタニ君は技術的に予圧テストをしなければ不安があると言っているのだ。長い間放置したボイラーだから今更ああこう言っても始まらない。野天に置いても鉄は腐らないと言ったのは、貴方ステイムラン中尉だったと記憶しているが。押谷君のアドバイスは百パーセント正しい。テストが終わらない限り、彼は焚かないと思う。サンバス将軍が吹き飛ぶのは見たくないから。開所式を延期したら」
ステイムランはバタック族の血が逆流した顔で食いつきそうに下唇を突き出した。「将軍の」
と言って彼は直立した。

「将軍のスケジュールの変更は百、アキヤマの好きな百パーセント出来ない。日本人はみんなクパラバトウ石頭だ。本官はその他の部署でもこれと同じ非協力な報告を受けている」
「それはいい。私が言うのが省けた。ステイムラン中尉殿、過去のファイルをもう一度読んでから、会議が必要ならしよう。ボイラーテストに始まりスライサーの刃、グリューの冷蔵その他もろもろの技術的要望事項は、遡ってその都度提言しているが、貴官が無視したのか、やる気がないのか今もって回答がない。そうだねウイリー中尉。今朝のミーテイングは少なくても十ヵ月前、主機据え付け時に行なわれ結論を出すべきで、将軍スケジュールには関係ない。それからも幾度となく、コーヒー飲む都度リクエストしたではないか。思いつきでは困る。遅れた理由は聞かない。軍の無能をあげつらう事にもなりかねないから。アドバイスを受けて調整したり実行するのは貴方達の仕事だ。
コーデイネーターソレア中佐にクレイムを出すことだ、中佐も壷を磨いたり、暇で困っていたから」
それまで下を向いて鉛筆をもて遊んでいたトンポが、突然机を叩いて立ち上がり光る鋭い視線を向けた。
「開所式にむけて調整しろ! 出来る事くらい我々にも解るのだ。君達タスには国軍から給与が出ているのだ。君等のアドバイスを採用するしないは我々の選択なのだ」 
ひどい口調だったので、まさか後輩のトンポまでがと耳を疑った。
小宮山が通訳してくれと私をつついた。
「奴らの顔の通りだよ」
「皆さん、工場運転は引き金を引いたら弾が出るようなわけにゃあいかんのだよ」

昼過ぎになって、ウイリーが紙を持っておずおずとやってきた。
休暇を呉れるとゆうのだ。リストのトップに押谷、作業が残っている矢部、福山、関口なども。残ったのは式典に出席するチーフ格と、直接関係のないシートパイルとソウミールだけ。
小宮山は私のミスだと言った。私がウイリーがサボタージュ臭いタスにはもう頼まない、自分達でやると言ったのも通訳してやったから。
「小宮山君、これでいいのかも。技術将校はその日の手柄をより鮮明に印象ずけたいのかもしれん。ランニングしなくてもこれはお祭りで、全部陸軍がやりおおせた証拠が残ればそれでいい。動かすのはせいぜい一時間、それで支障がでても後の事、オープン出来なければ首が飛ぶ。ランニングしなくてもお祭りなのだ、そのあと機械がどうなろうとその時はその時、全部陸軍がやりおおせた事が重要だ。動かしてもせいぜい将軍が笑っていられる間、製品はあんたも見た通りもう出来てしまっている」
真面目な小宮山は意気消沈して「なんとレポートしていいか、、」
「あんたは交渉していない。会話も解らなかった。全部秋山のせいだ。例の独断だ。そのように書いて部長に報告しなよ。報告書が日本に着く頃には連中また尻尾振ってついてくるのは間違いないから、君が説得して事なきを得たと電報を打つとゆう段取りで行こう。シンガポール製は書かない方がいいよ。我々には関係ない操作だし、将軍が恥かしがるのも見たくない」

「たまにはごねてみるもんですねえボス、お影様で街に行ける。フェスタなんか糞食らえです。ボスにゃ悪いけどマカッサルで彼女のプンブカアン開所式だ」
押谷は嬉々として帰りのウエイポントラックに乗りこんだ。
「ゲージにマーク打って、アフマドに絶対にそれ以上は圧あげるなと言ってあります。ネシア人でもぶっ飛ぶの見たくありませんからね。岩佐さんの風呂くらいは沸かせますよ」
先に定時で出発していたタスは車の故障で帰れないでいる。直るまでホテルに泊まらせるよう指示した。
マカッサルは時ならぬ日本人町になった。

 
 
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