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12 ブアの叛乱 第七章 2

目出度い日を控えているとゆうのに気持ちが沈むのはその日が自分に納得のゆく日でないからか、茶番劇だからか。
コーヒー運びのボーイから封筒を渡されたので何気なく開くと、予期に反してパロポ町警察からの呼び出し状だった。尋ねたい事これあり、だそうだ。
署名は記憶にない名だったが行くことにする。
どこの国のどこの町の警察も同じで建物全体で疑っているような、付近とは浮き上がったモノカラーな雰囲気があるものだ。いっその事ピンク色に塗りたくったら親しめるかもしれない。
殺人も強盗も放火も私が此処に来てから一度も聞かない。詐欺だって誰もお金など持っていないから成立しない。
車もないから事故もなければ違反もない。

一度その事をムミン署長に聞いたことがある。私が外人と思って気を許したのか、警察は民警と協力してアモックの警戒をするのが主な任務だと洩らした。
アモックとはここの男達の一種の病気で、理由もなく理由も分からずただ騒ぎ始めるのだそうだ。付和雷同とゆう事になる。元はささいな事でも尾鰭がついて伝わったりするうち、収拾がつかなくなって自分がわからなくなる。
何百人が重軽傷、死人もでる。暑いからか、娯楽がないからか抑圧されているからか、要するに突発性の発作なのだろうか。そんな不必要な解析をしながら国旗のたつ門に来てしまった。
紙をみせると様子が変わり、後ろにふたりも警官がついた。老田のことなのか、手間賃は払ってある。
奥の棟に続く長い渡り廊下を歩き、一段と黴臭い陰気な場所に連れて行かれる。
動物の鳴くような声がしたが気違いの叫びか。雰囲気が悪い、悪すぎる。
お巡りがドアを開け顎をしゃくるので仕方なく入ると、親友が待っていた。
ステイムラン中尉。
尋問に使うらしい机に片方の尻を乗せて、私の知らないお巡りと、私の知らない言葉でなにやら喋っていた。私が入室したのに知らん顔をしている。 
お巡りが出て行くと、中尉は決心に時間が要るのか窓を眺めていたが、おもむろに振り向いて切りだした。
「オイダの事件だが、 カウ 貴様は何も知らないのだな」 
二人称にカウと侮蔑語を使った。
「彼が殺されたとゆう事だけは知っている」
「そんな分かり切った事は言うな。調べでは銃は外国人でなければ絶対に持てない代物だとゆうのが分かった」
「それは最初から想像出来た事だから改めて私に聞くこともないだろう」
「貴様は街と此処をフリーで行き来できる唯ひとりの外人だ、そうだな」 
「そうだ」
「死んだのはお前と同じ日本人だ。貴様はその前にそいつを殴り倒している。発砲した男は発見できていない。
なんの恨みがあったのだ? ウセップのシリッだと。
誰も見ていない。でっちあげか、銭でもやったのと違うか」
「鹿を撃ちたい一心で、老田がマカッサルの港ででも手に入れたのだろう。フィリピンの船員かに。ウセップの事で、いや彼の妹が原因で殴り合いになった。事件まで彼の妹だとは知らなかった。理由は俺から聞くよりバンブデンで聞けばいい。それに俺はのしたから、殺されても殺す必要はない。あの時で形は付いている。士官学校出の質問とも思えない」

しかし私の足は小刻みにふるえていた。たぶん顔も青かっただろう。怖かったのだ。スマトラバタック族の顎の張ったいかつい四角の顔は暴力こそ似合う。机で読書する顔ではない。
「まあいい。大事な日を控えて貴様に申しておく必要から此処に呼んだ。話にふさわしい場所だろう。祝いが済んだらまた此処に来てもらう事になるが、今日まで貴様を監視していて、貴様は人殺しより重大な侮辱をわが国に与えようとしている」
彼は愛用のSWガバメント45を引抜きセフテイを引いた。スライダ−の音が部屋に反響して脅かしには充分な効果をだし、脅かされる私にも充分過ぎた。
アモックと愛国者は何をするか分からない盲人だから。
「サボタージュを裏で操っていたのは貴様だ、うん?」 
銃口で私の頬を撫ぜた。映画の主人公になった積もりか。
「貴様は以前からこのプロジェクトを馬鹿にし、出来るものなら造ってみろと威張っていたな。引き金をひくようなわけにゃいかないとほざいたっけな。引いてやろうか」
道具にこずかれて、私の身体は突っ張って壁に張りついた。
「メインもボイラーもみんな貴様の差し金で恥をかかせられるところだったが、そうは行かない。えっ、答えられるか。トンポは日本語が出来る。細かい事まで教えてくれた。いいか、日本に生きて帰れるとおもうなよ。俺は奴のように遠慮深くないからな」
強烈なボデイブローがきた。一発で崩れた。理科数学と同じように、教科として会得した打撃だった。腹を押さえた手の上をでかい軍靴の蹴りが待っていた。それで腹の中身をぶちまけた。反吐のなかで四つんばいになって酸っぱい涎を垂らした。腕を靴で払われて顔を床に打った。殴られるよりこのほうが屈辱だが、終ってくれる事だけ考えた。
「トアンアキヤマそのお顔はどうしたの、と祝いの席で聞かれるのはしんどいだろう。前歯はフェスタが終ってからゆっくり外してやる。陸軍に歯向かう奴はみんなこうなるんだ。此処を何処だとおもっているのだ」
ドアを開けた音で帰して呉れるのかと見ると、そこには足もたたず、両腕を監守に支えられたレオが能面のように引きずられてきた。顔も変色して表情をつくりたくてもできない。
「あいのこも非協力派だ。ここまで来れば奴に用はない。仲良しふたりで将来のことでも相談するんだな」
「痛かっただろう。痛い思いをしたくなかったら、おとなしく将軍をお迎えしろ。貴様の味方はあのざまだからな。余分な事を言っても貴様の信用より俺の方が上だ。フェスタが終るまで時間を呉れてやる。銃は私が密輸しました。それで日本人ひとり殺りました。サボタージュを起こしてプロジェクトに被害を与えました。正直に認めれば前歯三本で勘弁してやる。
帰りたけりゃあ裏門だ」
濡れたズボンのまま表に出てジープに倒れこんだ。

マセは奇妙にもなにも聞かず、ゆっくりギアを入れた。
口を拭ってから、「レオがひどい暴行を受けている」
「 ――― 」
「サボタージュの疑いだと。開所式を潰そうとしたと俺もぐるだと。オイダのショットガンも俺のものだとぬかした」  
中距離を駈けたわけでないのにひどく息が切れた。
左の腹に黒色火薬がつまっているように、ひどく危険な痛さが残っていた。
腎臓か肝臓に障害が起こるかもしれん、口は災いの元と頭に浮かんだら、謂れのない疑いも手伝ったのか無性におかしくなったが、笑える程腹は落ち着いていなかった。
「軍人は一度にふたつの事を考えられない。ステイムランの頭は変えられないでしょう。彼は中尉だし、バタックだし、士官学校出ときている」
「こともあろうに、トンポがチクッたと言った。そういえば現場の男共の動きがおかしいと街に行く前ペンデが教えた。レオは本当におかしな考えがあるのだろうか、中尉達の眼も節穴ではない」
「開所式は出世の花道、将軍の前でいいとこ見せようと欲があると、見損なう事もあるでしょう」
「気が重いな。兵隊は自分以外は全部否定してかかるから」
「兵隊は一度にふたつは考えられない。殴る事しか頭になく、殴られる事は考えないもんスが、そうゆう事も起こる事もあるって。敗けるとか戦死するとか、戦争にでもなればね。もっとも奴は軍服は着てるが戦争は知らないがね」
「トンポまでも、見損なったよ。同じマカッサル人を売るなんて」
「どうですかねえ」

青くしこった痣にメンソレタムを塗った。壁が邪魔したのか本能的に避けたのか、肝臓を外れた位置だった。
考えられなくもない。それが中尉達のせいではなくても、現実は計画よりも大幅に遅れている。それが将軍を含む上層部のせいでも、表沙汰になって追求されれば、何処の世の中でも下っぱが責任をとらされる。三人はそれだけは絶対に避けねばならない。遅れた理由を誰でもが納得できるように準備して、万全を期す事にしたのだ。
大切なのは苦労した見返りの出世だ。終れば他人になる者に失敗を背負ってもらおう。扇動者は問題が起ったとき突き出せばいい。起らなければ事を荒立てる事もない。
疑いはあるが今度だけは勘弁してやると放してやればそれでいい。
レオは合いの子だし俺はガイジンだ。此処で味方になる者は誰もいない。生け贄にはふさわしい。辻褄があう。

オープニングセレモニイ、フェスタプンブカアン開所式どんな名前でもいい、その日が近ずいてブアの村も様子が変わってきた。
スダルソ陸軍少佐P3社長の御威光はさすがで、ソウミールの丸太は片ずけられ、オ偉いさんや招待客の臨時お立ち台に模様替えが始まる。正面入り口にもアーチが飾られ舞台装置も整いつつある。縁石にも白いペンキが塗られお伽話にでてくるお城でも造るのかと思ってしまう。もっとも両方ともに張り子の虎ではあるが。
白けて見えるのはタスだけかもしれない。
岩佐氏は例によって書く事が多いらしく、差別されて休暇も診療も受けられなかったと記録しているのだろう。
中尉達とお茶でも飲む習慣があれば、もっと凄い特種、秋山は殺人幇助、サボタージュの黒幕と決定的な情報が得られるのに残念だね。
小宮山も此処へ来てから冗談も笑顔もなく、それは性質だからいいが、きちんとしていた七三の髪も伸び放題、作業衣も言わなければ替えないで、青白い顔をして個室に篭もっている。
まずい兆候は過去の弱い男の陰影が立ち昇っている。岩佐氏のように憎しみでもないが、一種の趣味がある方がいい。
小宮山の判断力は急速に衰えて、何が優先事項であるかも決められない。こうなると被害妄想とか、良くない兆しがでるものだ。
食卓のナプキンの柄が何で僕のだけ色違いなのかと、そんな馬鹿げた事を通訳するのはしんどい。若ければ別だが私も中年過ぎの爺いなのだ。
それも私のせいかもしれない。折衝事もただそこに居るだけで済む。質問もとんちんかんで、庇ってももう皆な知ってしまって、笑って聞くようになっている。
開所式が済んだら二人の佐藤、メインの矢部とも相談して、タスも新体制作りをせねばならんだろう。
サトウペンデを上にあげて、小宮山に附かせれば二人三脚でうまく行くだろうか、佐藤も正式に南部社員となって保障される。彼に対するせめてもの礼になる。
スピーカーが私の名前を呼んだ。
取水口にいたテインギにウインクして事務所に戻る。
白い小宮山が個室にいた。
「秋山さん、これ何か解りますか?」
机の上に透明なビニールに包まれた南瓜ほどの灰色の塊があった。
「なにかのパテだろ」
「なんでパテが配電盤のなかにあるのです?」
「誰かが置き忘れたんだろう」
「パテでも電気ショートするんでしょ」
「しないだろう?」
「電気担当のトンポ中尉に言って、厳重に管理してもらわなければブレーカが飛んだり、漏電てゆう事もある」
「あとでトンポによく言っておく。服務規定を尊守せよ。盗むならパテより、金目のバッテリイとか銅線にしろと」
「オタクはいつも問題を茶化す癖がある。よくないです。これじゃあ危なくて負荷も掛けられない。リチェックの励行を徹底させて下さい」
俺に対する命令か。自分がトンポを呼べばいい。
「ヒューズが飛ぶ前にボイラーがどかんと、いや独り言。トンポに抗議しよう」
もう一度その塊を見下ろした。絶縁材だったら恥をかくから。
火星人の持ち物のように異質で、塊そのものに意志があるように、私を拒否している感じがした。六感は「それ以外のなにか」と私に告げたが、アラブ人が味噌を見て食物とわからぬように皆目見当もつかない代物だった。

 
 
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