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13 ブアの叛乱 第七章 3

タスの多くがマカッサルに移動して淋しいメスに戻った。ひとりで夕飯を詰めた。裸電球を点け、天井を見上げた。
チッチャ家蜥蝪が四匹、灯りのまわりで恋を囁いているのか食物を探しているか張りついていた。ステイムランに蹴られた左手の腫れは退いていたが両手の掌を眺めた。
砂浜で蟹とたわむれたい心境だった。
塚本部長に手紙を書いた。小宮山の成長の為に国内部署につかせた方がベターではないか。
外地適性とゆう新語を使ってみた。
開所式後は先方も大幅人事移動があるから、タス契約も部長出張で新規改約が望ましいと。
書いている途中で発電が終わり、あとは机のまわりに蝋燭を立てて灯りとした。
まるで自分が仏様になって、お灯明を上げられている姿だった。
スケットルのバーボンはいくら逆さにしても容量は350MLで舌を湿す程、12時少し前だった。

その夜、明け方近くに火事があった。宿舎と部洛の中間にある米倉が全焼した。
使われていない倉が夜空を赤く染めて焼け落ちた。
焼け跡から首にロープを巻いた小宮山の黒焦げ死体が発見された。
私はひどいショックで現場に行けず、メスの柵越しに報告を聞いた。
確かに私は聞いた。私を起こした叫びは、「ケバッカラン火事だ! 
コミヤマ 死んだ テワス」と叫んで駈けて行く村人の声だった。
なぜ? なぜ彼らは倉の中に小宮山がいたのを知っていたのか? まだ燃えさかっている最中に。
炎より強い閃光が後頭部に突き刺さった。
私は騒ぎを後ろにしてメスを囲む柵に沿って歩いてみた。乾期で土割れのした地面を裏手にまわる。
台所の垂れ流しになっている排水が沁みていて、その辺りに踏張ったような足跡が数歩、関係ないかもしれないが小宮山の部屋と此処、振り向いて米倉を見通す。
月光に照らされて、白い物がひとつ。近ずくと、それは小宮山のサンダルだった。彼は生まれた時から革靴を履いていて、裸足では歩けない。たとえ死のうとしている時でも。
屈んで慎重に見ると、サンダルには60キロの重量は乗っていなかった。
ゆっくり歩き部屋の窓に近ずいた。窓の下には想像していた痕跡は見当らなかったが、私はこれで害意があったのを知った。小宮山は殺されたのだ。
食堂の裏からテラス伝いに彼の部屋のドアを押す。開いた。甘酸っぱいようなかすかな匂い、ソンダ先生の所にあるような、気のせいか。ベッドもタンスもなにも変わってはいず、他人の部屋の不気味さがあるだけだった。

ごきぶり対策の高い脚のベッド、油を沁みませた布が脚に巻いてある処の虫が逃げた。はじめてペンライトを点ける。薄く積もった埃、ちょうど人ひとりの大きさほど拭われたような跡がスーツケースの横にあった。
夕食後除虫剤バルサンを焚く。そのあと何者かがベッドの下に潜んだのか。
寝入るまで待って甘酸っぱい薬を嗅がせたのか?
暗いドアの影に人影が動いた。マルチヌスが黒い小声で、「部屋に帰って下さい」有無を云わせない恐怖も含んでいた。小宮山の事故に関連した異様な事態が起こっているのがその声の証明だった。
ダブルドアを開けて部屋に入ると、その暗い部屋の藤椅子にトンポ中尉が闇に溶け込むよう
に座っていた。
「アキヤマ、止む終えない事情で、まず貴方は監視下に置かれている事」
血筋がそうさせるのか、彼はいま中尉でも後輩でもない一人のマカッサル海賊の瞳が、夜目にも私につき刺さってきた。
「これから話すことに選択はない。時間もないから要点だけ言う。坐れ」
「―――。 あんたが言いたい事はもう聞いた。時間がないなら、改めて聞くこともない。
豚箱にいるレオの顔も見させて貰った」
「第一。これ以上あの取得物について詮索するな」  
「なぜ?」
「あんたをコミヤマのようにしたくない」
血が引くとはこの事だろう。アドレナリンの分泌がおこって手足が冷たくなり、頭に血がのぼり口が乾いた。
乾いた唇は意志に反して動いた。小宮山のようにしてくれと言うのと同じだった。
「あんたが名指しでサボタージュの黒幕と指名して呉れた。マカッサルを捨ててもコロネルが望みか。情けない奴だ」
「かいつまんで言う。過去にいくつかの不幸があったが作戦遂行での小事だ。あんたの机にある物は作戦の重要品で、知りたければプラスチックだ。シビリアンにはわからんが専門家が見れば一目で強力爆薬だと知れる。それを軍に知られたくない」
「上棟式から今日までの資料はオイダの骨と一緒にサトウに持たせた。ジャカルタに送るようにした。会議の議事録全部、岩佐が毎日何を記録していたか思い出せ。
工期遅れをタスのせいにされるのも、サボタージュの首謀者にされるのも、君等に代わる代わる痛い思いをさせられるのもまっぴらだ」
アドレナリンが考えた咄嗟の嘘だった。殴られるのがいちばん嫌だった。
「コミヤマは賑やか過ぎた。それを知っているのはもうあんた一人だ。排除したから。あんたもそう出来るが影響が大きいので他の方法、マルワを保護した。あさってのセレモニイまで、決起の日まであんたには普通の仕事をして貰う。
あんたなら出来る。出来なければマカッサルのやり方が待っている。解るなアキヤマ」

黒色火薬が頭にまで充満したのを懸命に立直した。話が噛み合わない。
「軍? 決起だと?」
「軍が感ずきはじめたので、眼をサボタージュに向けさせた。レオは身体を張っている。念を入れてあんたの名前も使った。ミーテイングがうまくそうなったからな。うまく擦り変わった。あとはあんたの決心次第だ」
「軍人が軍とやりあうのか」 
「余分な事は言うな。歴史が証人になろう」
「俺の事はわかった。がタスはどうする?」
「一応興味はない。人質の価値は低く国際的にこじれるのも好まん。これは我々の戦いだ。
状況によっては保障はできないが、押谷達がああなったのも避難させたととって貰おう」
「タス全員、街にいる者の安全も保障したら俺も言う通りにしてもいい。プラスチックと交換してもいい」
「相変わらず元気がいいな。素人のくせに。先発の車が動かないのもタクデイールが働いた。
それ以上足手纏いの面倒はみれん。相手もあることだ。
その日はさりげなく残ったタスを一ヶ所に集めておけ。
メスでおとなしくしていればそのうち解放する。しかしあんたの行動が間違えば、あんたも含めて敵対者として処刑する」  
見つめあいながら、トンポの視線にひきずられるようにして立ち上がった。
「オイダを殺ったのも君のグループか?」
「レミントンT−100はひとり三役の大切な武器だ。ウセップは同志だから武器のありかは知っていたが、動機はシリッだ。マカッサルの掟、辱められたら生かしてはおかない。蒔いた種は刈らねばならない。ジャワ人とて同じだ。長い間の借りをその日に返すのだ。汚職と差別、余所者チナ人との癒着、大インドネシアはジャワ軍人と金持ちの国ではない。首都ジャカルタもスラバヤもこのままなら、裸好きなアメリカに踊らされた東京大阪のような享楽都市になる。イスラムの教えは崩壊する。P3も南スラウエシ人の為でないなら野に還るのが正しい。レオの木箱を運んだあんたももうこちら側の人間でもあるのだ」
パッと電気がついた。トンポは左右を見た。 
「アキヤマ、大きく目をあけて考えろ。いつかそんな話をしたこともあったな」
トンポの瞳は潤み、悲しそうにも見えた。
「インシャアルラー 神のご加護を。奥様の事も忘れるなよ」


朝日のさす赤白国旗が林立するメスに続く小学校の運動場を窓から眺めた。
あしたの朝この運動場に二機のヘリに乗った陸軍大将一行が到着して式が始まる。石灰で白く大きな丸に十の字を描く男たちの姿。
トンポは何時、どうやって、何をする気なのか?
ステイムランにサボタージュより大きな'決起'とやらを告げるべきか?
睡眠不足ではないが頭は回転しないで止まっていた。腹の青痣でもない、妻の安否でもない、もっと違った意志が振り払えない重さで方向を指令したようになってゆくのを感じた。
サトウテインギが長身を屈めるように入ってきて報告した。
「あまりいいニュースじゃあありませんボス。小宮山マネは倉に放火して、二階の梁から飛び降り自殺したのが遺留品から判ったそうです。遺書はありません」  
「ご苦労さん、、」
「衝動的にでしょう。それから、ボス」  
「もうやめてくれ」
「此処の国じゃあ自殺は大きな罪になり、明日のこともあり簡単に埋葬されました。小宮山さんは自殺する程悩んでいたのでしょうか。様子がおかしいとは感じてはいましたが」
「―――、佐藤君タス全員を食堂に集めてくれ」
私は岩佐、久保、千葉に事件を報告した。
多くのタスが部屋におらず、彼の行動にも気ずかず、事前に察知することも出来ずこうなった事を謝った。どのような理由にしろ僅かな間に二人もの不幸が重なったので気を落ち着けて対処してくれるよう。
しかし今度の事はあくまで本人自身の事故で、プロジェクトおよびインドネシアサイドに何の関係も手落ちも責任もない事だから、冷静に無用な行動は謹しむよう釘もさした。

彼が埋められたと教えられた場所は赤土が露出しているだけで、花も水も、故国のしきたりとはひどくかけ離れていた。
私は紙で顔が覆われた汐汲み人形を思い出していた。
冷たい飲み物は身体に良くないから、、小宮山もう何を飲んでも、何を食っても大丈夫だよ。
わたしはママの顔を思い浮かべ涙が伝わり落ちた。
誰かが椰子の木陰から見ているような感じがあった。
振り向いてもパパイア畑が風に揺れているだけだった。

小橋の横にランクルが停まっていた。ステイムランがにたりと笑って車に凭れかかっていた。
私は接近した。
「二人目も貴様の仕業か? 責任を奴に押しつけて逃げる気か、やりたいようにやる積もりか、うん?」
ここで私がチガウと言えばいいのだ。
トンポを潰せといえば済むのだ。
「そうでもあるし、そうでもない。俺の前歯を折って違う声で喋べらせりゃあいいだろう」 
弱いくせに強がるいつもの癖がでる。
「ふん、それまでもつかな。まあフェスタを無事終らせたら、多少は考えてやる。人殺しもふくめてな。うまくやれよ」
同じ日に、同じようなことを違う男から聞いた。みんながこのセレモニイをまったく違う考えでとらえている事だけがわかった。
ジープは臭い煙を浴びせて遠ざかって行った。

 
 
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