慢学インドネシア {フィクション}
 
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22 雲に隠された小島 4
                            
 行かないとゆうシロットに救命発煙筒を手渡し、異変があったら撃てるだけ撃てと命じた。
「トアン、ウオウオニを忘れたのですか? あのウオウオニ島でのことを。トアンだって逃げ帰ったじゃあないですか。あそこより悪いのが分からないんですか」
ケンダリで案内に立った男の噺を面白半分に聞いて、鞄持ちのシロットと三人、カヌーを借りて沖に浮かぶウオウオニに渡ったことがあったのを言っているのだ。
その円錐形の島には飛魚漁の漁師も通い船も近ずかないのは、島民ぜんぶがイルム使いだと言われていたからだ。
イルムウとは黒魔術。それが狐の化かしっこのように、船乗りに札びらを切ったり真珠を渡したりした次の日起きてみれば木の葉と小石だったとか、どこかに懐かしいユーモアが感じられたからだ。
浜に付くまでずっとそんな噺を聞かされた。
「そして気が付くと、自分達の舟は丘の遥か上の崖っぷちにあるんです。嘘だと思うなら舟はまだそこにありますよ」
浜風がわたる椰子林を抜けて小高い茂みを三つも越えると、
裏返しにされて土に刺さったジュコン型帆走カヌーの残骸があった。物好きとかいたずらでは出来ない渚からの距離と重さだった。何がどうなったのかよくわからなかったとだけ男は言うのだ。大亀に乗せられて連れて行かれた子供、波に攫われて半年たって帰ってきた子供もいた。
半信半疑は、夜の浜辺で野宿して真実になった。
月も無い真の闇の中で波の音がけがあった。アラックの呑みすぎでない重く湿った空気が忍び寄ってくるのを、潮風のせいだと考えるようにしていた時、閃光が海中から輝いて走った。「来たあ!」と叫んで二人はカヌーの陰に縮じこまった。光は海中を走り廻った。突き抜けて再び没した。
頭痛がした。腕が上がらないような気がして、確かめた。
長い夜が過ぎていった。次に起るかもしれない事を真剣に考え通した。実に不快な夜の大気、実に長い夜だった。
ポケットには小石も葉っぱもなく、防水布に包んだ財布と煙草も安泰だったが、夜明けを待ってほうほうの態で島をあとにしたが、あの光の正体と息苦しい雰囲気、投げ出されていた舟の原因はわからなかった。
魂を奪われればそんなもの役立たずと、まだシロットの声がしたが、カマダはシート切りのボウナイフをガムテープで腿に固定し、私は足に偽の包帯を巻いて杖を武器にし、ハンドライトも持ってゾディアックで岸に向かった。
砂浜には人の歩いた跡がなく、流木が散乱していた。
「村は丘にあります。魚は少ないし漁はやらないのです」
ゴンザレスと少年に従い坂を登る。
騒ぎまわる子供も鶏にも会わなかった。
「あの向こうが火山に続く荒地で、セタンが住むといわれています」
聞きもしないのにそう説明した。下草にはところどころ黒い溶岩土が表れていて、悪魔がいるかどうかはともかく、ある時期に島の環境が激変したのがわかる。
しばらく歩き、椰子林とバナナ畑を抜けると、我々は一方が展開した人が住めそうな丘に立っていた。そこはこの国の風習とかかけ離れたものだった。
崖の斜面にある洞窟、人工の洞穴にもみえる。家はその穴蔵を利用して階段状に数棟の窓が髑髏の眼のようにあいていた。
「村の定めで、男女は分かれて住んでいます。此処は女村でして、男村はあの岡の向こう側にあります」
「なんで?」 の質問は無意味だろう。そうして暮らしてきたのだから。
女村の外れ、男村への境辺りに平屋のグレジャが、壁に白いホーリークロスを飾って立てられていた。屋根は錆びていたがトタン屋根、トタンも彼の白シャツも銭が無ければ買えない。彼の華奢な手で何が稼げるのだろう。誰が運んできたのだろう。
前庭に竹の椅子が四脚並んでいるのは我々の人数をとうに知っているのだろうか。
疑心暗鬼はまだ重くしこりで残っていた。
がらんとした教会のなかは薄暗く、祈ったり、懺悔したりする長椅子で住民の数を推し量ろうとしたが列が少なすぎる。正面に目を凝らすと、それは明らかに帆船時代のシップのバウスプリットに飾られる前艢像が、剥げてあばただが紛れもない、豊満な女性が薄物をなびかせて舞いあがる姿を刻んでいた。 
「先祖がその船から運び込んだと聞いています。男が六人女が二人だったと伝えられていますが」

陽が落ちて辺りに薄暮が忍びよる頃、少女に先導されて男村の方から長老らしい火箸のように痩せた老人二人があらわれた。そのうしろに黒装束の一団が続くが、弓矢でなく鳴り物だったので肩の力が抜けた。
「村おさです。歳をとって記憶も定かでないのをお許しください」
医務室に飾る骸骨模型よりそれらしい手と握手したが、私にはほとんど興味を示さず、針金を折るように体積の無い体を椅子に沈めた。この痩せ方はまともじゃあない。案の定、座るや否やすごく咳き込みゴンザレスの頭ほどの痰を吐き出した。オピユム阿片かな、とおもった。
松明に火がはいり、広場のまわりの闇は一層濃くなった。
楽士はカチャピを抱えている。五絃でトゥグ村のそれと酷似していた。長い航海の末此処に辿り着いたポルトガル、ラスカルのチェンブレギターのなれの果てか。
誰から始めるでもなく音曲が流れ、その中の一人がひどい痘痕面だったので見ないようにした。世界から天然痘は終息したと聞いたが、この島は統計にも入っていないのか。
「バンロってゆう椰子酒です」 木の皮の椀に桃色の液体が満たされた。
映画の世界では毒は酒に盛られるが彼から口をつけたので付き合う。濁り酒の味だった。
「Berapa orang penduduknya? 村には何人くらい住んでるのかね」
ゴンザレスは聞こえないのか返事をしなかった。もう一度聞いた。
「Tak begitu banyak 大した人数じゃあありま せん」 
返事にはなっていない。
「暮らしむきは? 村人全部集まってるようには見えないが」
「山に行っている男達たちもいますんで」
現世の会話を遮るようにリズムが変わり、足に鈴を付けた少女が拍子をとりながら登場した。踊るロンドは提灯スカートのポルトガル風。私はタイムスリップした妙な気分になり、硫黄の微かな臭いが鼻孔を掠めた感じもしてバンロをあおった。 
予想外の世界が広がり、奇妙な時が始まっていた。
タンバリンとレバーナの打音が加わり、松明の跳ねる音。
ふわりと、唄い手が火のなかから表れ、幻想の世界に引き込まれる。
ああ、ポルトガル ファドのリズムだ。
 Jo pronta foela estrella, bosoter noenka da un tenti?
     Foela e strella noenka reposta;
          Mienja corsan noenka contenti,
 '花や星たちに、あの人を見なかったかと尋ねても、
     彼らは決して答えてはくれない、
          わたしの心が晴れることもない'

さざ波に似た弦をかき鳴らし、長い髪が篝火にゆれる。
「いかがですかな。お気に召しましたか」  
「すばらしい!」
「私等も船乗りの血なのです。心だけは海にあるのです」
ゴンザレスは遠いとおい、まだ見ぬ母の地を思ってか、篝火に移る横顔は憂いに満ちていて、私は肩を抱きたい衝動を押さえた。
旋律が変わると唄い手も変わった。静寂に浮かび上がったのはムステイーサ混血だ。
腰にサロンをキリリと締め、肩から長い紫のスレンダン肩掛けをなびかせるようにし、竹笛が非痛とも言える高音の矢を夜空に射かけるように響かせると、腰を落し腕をかざして、ゆったりとポーズをとった。
Dimana bulan dimana bintang,
dimana tempatlah matahari,
Dimana pulang dimana tinggal,
dimana tempat saya yang cari,
Ibarat burung ibarat bulung ingin kuterbang,
   Buatlah melihat buatlah melihat si jantunghati,
    'どこに月、どこに星、どこにお日さまは、            
      何処に帰る、どこに住む、それは私が決める、
        鳥のように、鳥のように飛んでみたい、
           そしたら見れる、私のあの人を、
パントン 四行詩を海原のうねりのように唄いあげ、一緒に胸が熱くなった。ほかの事は忘れた。
中腰を崩さずするすると私に近ずいた歌姫は、スレンダンを私の肩に投げ掛けて、見つめた大きな瞳が炎に照らされて光った。
「番いの証しでしょう」 とゴンザレス。
バンロの酔いか未知の妖気か、生暖かい夜が更けていった。

 

 
 
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