慢学インドネシア {フィクション}
 
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遠い海の彼方では、水はいちばん美しい矢車菊と同じくらい蒼く、
     いちばん透きとおったガラスと同じくらい澄み切っていました。

24 ニラの人魚
 第一章 1 (Aquatec Ape 水棲原人)

ホテルインドネシア ジャカルタ
 新しい閣僚名簿が発表されて、第五代大統領もやっと遅い船出をはじめたようだ。
今はIT時代だから、現地駐在記者が慌てて郵便局に行って東京に電報するような仕事はない。あるとすれば閣僚の合同インタービュウの隅に顔をだして、笑顔でバラ色の未来を保証する通り一辺のスピーチを聞き(近頃の大臣は英語が上手になった)帰りしな要約コピーを貰って適当にアレンジして本社に原稿を送る程度だが、こんなマイナーな国の大臣談話が紙面を飾ることはない。あるとすれば焼き討ちとか略奪暴動の方が紙面は賑ぎあう。適当な絵付きならもっと可能性はあるだろう。
インドネシアに長くいて言葉が人より多少達者で、ひょんな時ひょんな人から数年に一度のガサネタがうまい具合に他社をだし抜く特ダネまがいの事がなければ現地採用の記者なぞとっくに馘だろう。
浄化公平、不正摘発汚職根絶と大言しても、元大統領のドラ息子の悪行の極く一部の不正(脱税)も拘束出来ず本人は行方不明だと申し開きしていた時、俺はある筋から新政府の敵討ち(新大統領の父親は元大統領に追い落とされ狂い死にしている)が始まる。あのガキは検事総長暗殺の殺人幇助で逮捕される。居所はとっくに分かってるんだ。銭と取り巻きで近づけないだけさ、とゆうなればガサネタを聞き込んで裏をとり、他社より二日早く送信した。本社がもたもたして結局警察発表で記事にしたから他社と同じで特ダネにはならなかったが、俺の方から言えば多少は何かのソースを持っている不気味な男の名をあげたと思う。だから、あるかないかわからない'その時'の為に毎月決まった給料を払い、勤務もあるようなないような男を飼っているなぞ通信社もご苦労な事だと、秋山は人ごとのように思うことがあるが、雇い主がそれでいいなら正社員の保証も戴く報酬も飼い犬程度だが外にあてもないし居心地は悪くはない。たくさん月給を貰えば気儘を売らねばならない。
  その不気味なソースにふたつばかり電話して、もうひとつは何かあったら電話を呉れと頼み、本社から突然の資料請求にも即対応できるよう、それが仕事の助手のタクデルの作るファイルに一応眼を通したら今日の仕事は終わってしまった。彼がここの男には珍しい勤勉振りで整理してあるファイルも、残念だがまだ一度も効力を発揮したことはないのだが。
 
 夕方六時きっかりマグリブ祈りの唱和がアルラーの栄光を町を押し潰すようにどでかいスピーカーを響かせて四方八方から鳴り響く。涼風が扇風機より弱いが確かにそれに乗って控えめに訪れる、
俺は事務所の窓を開けて下界を見下ろした。この数年、バブル景気があっけなく去った後には地上げの行き場がない草むらが広がり、その回りには換金出来なかったらしい細い椰子の木がひょろりと立ち、昔ジャカルタの顔だった赤く低い瓦屋根のしもた屋が今では場違いの趣きで取り残されていた。街の騒音がマグリブの祈りを取り込むように塊となって沸き上がる。唯一神がデイーゼルの排気ガスで追放されるのももう時間の問題だ。

  八時半、飯を食ってからホテルインドネシアのメインバーにいた。
メインバーと言ってもバーテンダーがまともに作れるのはマテイニでもダイキリでもなく只のオンザロックだけで、それを大袈裟に供するからホテルなのだが。
止まり木に俺と同じような身分のウインがいたので横に坐った。バーテンは眉を上下に動かしいつものIWハーパーのダブルグラスを滑らして寄越した。
ウインは俺の英語ならWilliamだからBobじゃあねえのかと聞いたら、Wilemなんでウインと呼んでくれと言われたのが二年ほど前、やはり此処は南洋の場末なんだ、英語の決め事も知らないでと思ったのは俺が土人だからで、オランダにはウイレムとゆう名前は多い。確かやんごとなき皇帝もそんな名前だった。
ジャカルタベイヨットレースとかゆうお祭りじみたレースがあってそこで知り合った。
サウザンドアランズ セーリングギャザリング、60マイルかそこらに千の島プロウスリブってリーフ群があってそこまで走るとゆうのだが、ルールもレーテイングもいい加減で勝ち負けより懇親じみていた。艇数もオーナーも限られてみんなお馴染みさんだからだろう。エントリイを受け取ったのが彼だった。いいクラブを作りたいんだと言っていた。
いいクラブが出来るのは保証する。草レースだし、此処赤道無風帯のくそ暑い沖でテリレンのセイルを揚げたところで速さは大してかわらない。
新艇をシンガポールから運んで悦に入ってる時だったし、古い26フィートの外板を總張り替えしていたのだが、寿命のきたグラスファイバーの再生はひどく金のかかるものなのだが、ジャカルタでニューボートのマーケットはないから買えない。
それをウインは見ていたらしいのだ。完成するかしないうちに訪ねてきて売ってくれとゆう。タイミングが良すぎるだけでなく修理代にもかすかすの銭しかないとゆうのだ。
だからブランダ(蘭国)は嫌いなのだが、稚気愛すべきで悪い奴じゃあないし、いろいろ聞いてみると母国で息子を事故で失い帰りたくないから契約を点々と変えても此処に居るんだと言われると不憫にもなって、しやねえ持ってけ、とゆう事になった。艇名を変えるわけだが、その時にはもうオーダーしていたニューセイルを張る手際の良さには呆れた。

ウインはなにか舐めてから、
「南セレベスのバンタエン沖で流されたジャパニーズダイバー五名は相変わらずまだ行方不明なのか」 
「そうらしい、何のフォローもない。鮫に喰われたらしいとは俺に言わせるな」
「アテンダントガイドだけが助かるなんて、おかしいと思わないかね?」
「何とも言えないな。偶然だったのだろうし、アルラーの御慈悲かもな。あそこは強いイスラム国だから」
「ブギスは気を付けないとね、この間まで海賊だったんだから。いい鴨がしかも女連れで五人も来たんだ。ボートをひっくり返すなんてお茶の子さいさいだよ」
「舟はやたらと返らないもんだけどナ。まあ、土地カンもない素人が南海の蒼い珊瑚礁なんて宣伝に惑わされてキャーキャー言いながらのダイビングツアーが事故の原因なんだろう。それが横波かガイドかは知らないが」
「そうだよ。南海のアルス(潮流)の速さを知ってる外人ダイバーは少ない。ホワイトサンドとブルーウオーターに惑わされちゃうんだ」
ウインは訛の強いワイタンド、バルワラと発音したので俺は鮫の一種かと勘違いした。

「ところでキヤ(彼はアキヤマと言えない)、ちょうど同じ海域で奇妙な出来事があったのを知ってるかい。今夜はその話を聞かせようと思ってサ」
「この前のハルマヘラ・ガレラのニンフ(妖精)ならノーサンキューだ。酒は旨くなるけど信用できん。おとぎ話にゃ俺は歳をとりすぎてる」
彼は勿体ぶる話しでもないのにブラデイマリーの赤い液体越しに俺を見た。
「いや、キヤがよく話すウラシマの現代版なんだ。亀の背中の噺なんだ。ボニ湾の大きさって言うまでもないよな、南北200マイルはある。湾の出口のTiroって村の子供が海に落ちた。村中で捜したが行方知れずで諦めていたんだが、それがなんとひと月も経ってから湾の奧のWajoって浜で発見されたんだよ」
「そんな類いの噺なら此処じゃあ掃いて捨てるほどある。きっと人さらいが曲芸にも使えないと棄ててったのだろ、まあ子供は運が良かったわけだがね。あるいは妖怪変化が遊び飽きて置いてったか、人喰い人種が満腹だったとか」
「真面目に聞いてくれよ。地方局の照会もあるんだ。子供は小学生で両親もいるし村の学校じゃあ頭は良かったってゆう。調べさせたんだ。その子は一貫して亀の背中に乗って帰ってきたと言い張るんだって。おじちゃんやおばちゃんに可愛がられて何も怖いことなんかなかったって、これってどう思う?」
「そう言われたって、まるっきりいつか話したウラシマストーリイじゃないか」
「だから今夜君に話したかったのさ」
ウインは笑ってはなかった。
彼は記者魂でもないだろうが、この土地には無い事はないといつも言っている。此処の金持ちは全部が釣りとモーターボートがご趣味で、ヨット遊びが飯より好きなだけでも変人
なのだが、彼はこういったお伽話をさせたら際限がない。なんでもありの国なのだと妖怪、神隠しや幽体離脱、瞬間移動などはおろか、常世の国といってブラックホールまがいの正反対の場所があるともゆう。以前からシンガポール建国の礎石となったひとりの外交官リークーンチョイを尊敬するとゆうので、彼もジャーナリストとしてまんざらでもないと感じたら、そうではなくて李が知名人としてジャワのウオノギリで、魂のあるクリス(短刀)が魔力で飛翔するのを実体験して記録したからだった。スカルノ初代大統領がいつも手にしていたトンカット(儀仗)も杖が人を選びその逆ではないと信じている。スカルノが失脚した時にトンカットは紛失していたし、スハルトが権力奪取に成功したが杖は未だに彼の手元にないから運命も悲劇的になるとまことしやかに予言してはばからない、そんな男だった。
そんなたわいない噺とは言っても、今となっては権謀渦巻く政変や権力争い、ささいな事から種族や宗教を盾にした集団殺戮よりはまだマシだ。
去年カリマンタン・スンピトでは土地のダヤクが移民のマドウラ人を殺した。五千人じゃあきかない。アクセスは飛行機か川舟で道はないから国軍もまたかと放っておいたらしい。それぞれに言い分はある。無ければそんなに殺せない。生首の口に煙草をくわえさせて棚にずらりと並べて勝ち誇った戦勝記念の画像が送られてくる。恐怖に駆られた住民が船に満載されて脱出したら過積載で転覆して川の鰐の餌食になるその写真もついでに。
平和団体が声をからしても、狂気が何らかの状況で鎮静しない限りそのような狂気は終わらないから見たくも聞きたくもない。

「亀の背中に乗せて貰って、海は静かだとはいっても子供が海上を100マイル以上も移動するなんて信じられないが、今のところは事実なんだ。しかも一ヶ月もだ」
「まあ、どっかにトリッックがあるんだろう。催眠に掛けられたとか、、」
「どんな理由にしろ陸上を移動したのではないのだ。発見された時は溺死体と同じ姿で死んでいたんだ。身体は浮腫み唇は割れていたんで警察も諦めて菰を被せたってゆう。
そうしたらワジョの漁民がちょっと待ったをかけて、かすかな鼓動を認めた。なんと一分間に三回ほど心臓が動いてたんだ。ワジョは海ではたまにこうゆう事が起こるからと言ったとゆう。ワジョってあんたも知ってるだろ、海人だって。しかしだね、肺呼吸する人間がどうやって海中で一ヶ月も生きられたのだろうね、亀といっても、そりゃでかいのはいるよ、人を乗せられるような。 しかしあんた、亀は水面じゃあ泳がない、浮いているだけだよね、昼寝する時とか。移動する時は必ず潜って泳ぐ。」
「フロリダかどっかでプールに落ちた子供をイルカが数匹で持ち上げて助けたって話しを
聞いたことがある。 距離と時間は大違いだし乗り物も違うけど」
「ウラシマの旅をしたんだろうね。イスタナドユン竜宮城かなんかに行ってきたんだよ、きっと、、」
「プトリ(お姫さま)に囲まれて鯛やヒラメの舞い踊りを見たいもんだよ」

翌日タクデルに話したら、私も郷里ではそんな噺をよく聞いたものですと動じなかったしばかばかしいと否定もしなかった。彼も考えてみたらセレベスのマカッサル人だった。
Wajo部落はその名の通りワジョまたはバジャウと呼ばれる海人の部落だ。今は多少は変わったが地域とは隔絶され、家を持たず小舟の中で一生を過ごす民だとゆう。セレベスだけではなくこの大列島の浜辺のあちこちに棲んでいる。南フィリピン・スルー海にも大勢いて未だに国境の意識もなく移動している。ミャンマーのモウケン族マレー半島のチャウレ族も同じ漂海民だと聞いた。

 昔河童のように海中で暮らす人がいると教えられ、まだ此処の経験も浅かったし何よりも若く好奇心も人一倍だったからジープで丸一日走りそこを目指した。そこもボニ湾に面したマサンバの南の広大なスワンプだったじゃないか。
身体は小さくて手足には水掻きがあるんです。陸に上がる事もありますが、殆どよちよち歩きしか出来ません。子供も海ん中で産むっていいます。子供は器用に母親の髪の毛を握りながら海の中で育つっていいます。煙草とマッチは忘れないで下さいよ、土産ですから。
私達はジープを捨ててマングローブの湿地帯を半日も苦労して渉った。丘の上から目指す海人の住処が望見できた。双眼鏡で観察した。水上小屋があるではないか、カヌーも数隻。
案内人はあっけらかんと「おかしいな、今日はいないみたい、普通のワジョ人だナ」

 

 
 
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