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25 ニラの人魚 第一章 2 (Aquatec Ape 水棲原人)

北セレベス(スラウエシ)・マナド
  マナドトウアは乙女の乳房のようにマナド湾に浮かぶ小島だ。周辺はブナケンと呼ばれる世界的なダイビングスポットで、夢のようなリーフの先は暗黒のドロップアウトが未知なる深海に続いている。
マクソン・ハニコは代々マナドトウアに住む漁夫だが観光にも潜水にも、だから金にも縁はなく、今夜も小さい刺し網を積んだ胴の細い腕木カヌーで沖に向かった。
近頃鮫鰭の値段が上がって鮫さえ捕れれば燃料が買える。獲れなければ舟があっても漁は出来ず何日か市場で魚運びをするより外はない。タンクに小枝を入れて計っても、濡れているのは枝の先5センチはないのだ。鮫が掛からなければベンジン(ガソリン)は買えないから網が破れる懸念は抜けないがいつもより深く降ろそう。ヤマハの音を聞きながらなるべくスロットルを絞って、なるべく近場のそこしかない場所に舳先を向けた。うねりもないベタ凪ぎでウエーキが放射して消えずお陰で油も少なくて済む。
そこの海底はドロップアウトの縁で、10米ほどの珊瑚礁の浅場が一気に数千米にまで落ち込む壁を作っている。
山のてっぺんから見なくても太陽があれば海はコバルトブルーからデイープヴァイオレットにはっきり分かれているはずだ。十字を切ってから道綱一杯に網を投げ入れる。
彼はクリスチャンだったが今まで只の一度もイサ(神)の御慈悲を授かったことはないが祈るよりほかはない。獲れたら日曜ミサに行ってもいい。
ペットボトルから生ぬるい水を飲んで茣蓙を被って待つことにする。マナドトウアは黒い塊になってその左右遠くに町の灯が瞬いた。
月が傾いた頃、マクソンはなにか気分が悪くなった感じがして頭を左右に振ってから首筋を叩いてみた。重いような気がするのだが若い時から頭痛になるような深い考えなどしたことはないしマラリア熱の悪寒もないないから奇妙だった。空気が重く耳のうしろでキーンと鳴っているいるような音が聞こえたような感じもしていたし、なにかおかしかった。
頭痛は強くなっていった。小便でもすれば直るかしらと立ち上がって、アウトリガーの腕木に足をかけた。見るともなく海面が騒ぎ、シイラの群か? 
ズボッと生き物が浮かび上がった。ドユン(ジュゴン鮫)は立ち泳ぎをする。
眼が俺を見ている。ドユンの眼は左右に小さくついていて前は見えない。溺死男か?
月光の闇に消えたそれが何かは解らなかったが総毛が逆立った。長い間海に出ているから
驚かないが今夜は尋常ではなかった。逃げようにも網を捨てるわけにはゆかない。
爺さまが話していたドユン人魚ならどうしよう、歌声が聞こえたら終わりで身体が痺れ、ケツメドを抜かれて血を吸われる。
くらくらする頭痛は頭を通りぬけて耳から耳に抜けて行くようで思わず細い腕木に倒れかかり船縁りに坐り込む。波もないのに急に腕木の先の太い竹の浮き子が沈んだかと思うや舟が回りはじめた。浮き子は海面を沈んだり浮いたり舟の反対側の浮き子が持ち上がる。
坐りこんだマクソンの眼が浮き子を握っている手があるのを見た。
「サンタマリア!」
マクソンは頭痛どころでなく十字を切って普段口にしない聖母の名を呼んで細い船底に腹這いになってひたすら夜が明けるのを待った。アカ(舟底の水)か小便かでズボンが濡れた。
マナドトウアが夜明けを告げて輝きはじめ、夜が明ける速さで耳鳴りも頭痛も治まっていた。
マクソンはグレジャ(教会)に行きますと呟きながら網を揚げた。
神に祈りは通ぜず、威勢よく暴れる鮫は一尾もおらず、横に用意したハンマーも無駄だった。見たこともない魚が一匹網に絡まっていただけだった。
鱗をつついてみたが硬いのにぶよぶよしていて異様な顔をしていた。
今日はついていない、市場に持っていったが三万ルピア(\400)の値ではどうにもならない。
ふてくされて家に帰り不機嫌な女房に頭痛がすると嘘をいって寝てしまった。
横になると不意に昨夜会ったといっていいのか見たといっていいのか、あのドユンの眼が瞼の裏から見ていた。臆病者と言われるかもしれない、人には黙っていよう。

マクソンが布団を被ってふて寝している頃、市場に来た白人がいた。
彼はバリで結婚式を挙げたカルフォルニア大学バークレイ校の海洋学者マーク・アードマンでハネムーンでマナドに来たのだった。職業柄散歩は魚市場だった。
シーラカンスに似ている熱帯魚だな、と一応カメラに納めた。1997年9月。
マクソンの燃料代は底をつき、ラメ・ソナタムの舟に相乗りしたが何故かその頃より鮫を狙って水深100米から200米でこの怪物が掛かるようになった。中華料理店も喰えそうにないと8千ルピア(百円)に値切ってラメはお前が乗るとこれだと吐き捨てた。
マクソンは胸の中であの眼がそうさせたのだと考えるようになった。日が経っても夜の海で眼があったあれが俺の不幸のもとだと妄想が高じても人には言えなかった。
翌年七月になった。市場の魚箱担ぎから帰ったマクソンを待っていたのはひとりの白人だった。
マークは帰国して写真を学会で鑑定してシーラカンスに間違いない確信を持って訪れたのだった。マダガスカル、コモロ諸島以外では発見されていなかった化石魚。
約四億年前の古生代デボン紀に表れ約七千年前中生代白亜紀に絶滅したと考えられていた原始的な魚で、1938年南アフリカ沖合で発見され世界的なセンセーションとなった。魚から陸生動物への進化の道筋からそれて孤立した特殊な化石魚として有名である。
硬骨魚類總鰭類に属す。
マクソンは悪いことはしていないと繰り返したとゆう。たんまりベンジン代も貰ったからラメも誘ってマークの為に漁にでて白人の熱望の通り遂に生きたまま捕獲した。
マークは地元サムラトランギ大学のブルヒンポン水産学部長の招請状を取り付けてカリフォルニアから移転し研究に没頭している。
メデイアは幻の化石魚北セレベスで発見のニュースをトップで流し、マクソンとラメは新しいポロシャツを着てカメラに納まる。マナド市長は観光資源にならないかと日本リゾート会社を勧誘したがインドネシアの新聞には三面に小さく載っただけだった。

マクソンはサンタマリア! 今家を建てている。
シーラカンスの外にも怪物がいるのをいつトアン(旦那)に言うべきか、黙っていようか、まだ迷っている。トアンが喜べば次ぎはホンダベベバイクが貰えるだろうけど。

 

 
 
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