慢学インドネシア {フィクション}
 
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27 ニラの人魚 第一章 4 (Aquatec Ape 水棲原人)

マキアン パールカルチヴェーション
  ハルマヘラの西に散らばる小島のひとつマキアンで真珠養殖をやっている旧友吉田が久しぶりで都会に出てきたので私はアンガスでステーキを奢った。なにしろ'地の果て'から来た珍客だ。
話題はあんまり景気のいい話しはなかった。バブルは宝飾業界を直撃して普通の養殖真珠はもう宝石ではなくなったといった状況らしかった。ネグリート人より日焼けして心なし痩せてなにか落ち着かない様子なのは焦りもあるのだろう。
「ダイアモンドルールと謂われる極秘技術だった日本の核入れはいつの間にか漏れて、今では台湾や中国が市場に乱入してもう目方いくらの時代ですよ。昔は数年我慢すれば浜揚げで一画千金、ペンタックスカメラが潰れそうな時社長の道楽の真珠養殖が会社を救った物語なんて夢のまた夢です。ほかの苦労もあるんでもう止めようかと思うんですが外に手に職もないし、相談に乗って貰うために船賃使ってきたんですよ」
「厳しいな」
パールカルチヴェーションは特殊だ。元祖日本でも特殊な世界だ。この時代になっても一家で纏まってて他を寄せ付けない。三重の志摩だ。アラフラ海や木曜島で天然を追っていた時代は宝石だったがそれが四国に移り九州で始まって、中国に移ったらもう片輪のあこや貝でしかなくなった。
「あんな小島だからいろんな迷信があって、来たばっかの頃はパタリマ、パタシワに驚いていたなんて序の口でしたよ。ああ、それってね、マルク諸島には生まれながらにどちかの側になるんです。五の組か九の組とか。これが解っていないととんでもない騒動になるんですが、僕は外人ですからなりようがないんですよね。近頃のルスハン(騒擾)もイスラムとクリスチャンの宗教抗争とかなんとか書かれてますが、その前にどうにもならないもんがあるんですよ、移民のジャワやブギスにパタシワなんてないですから。それにペラってゆう習慣もあって法律より強いし、葬式なんかもムハバット、マウウエナってキリストより強い神々がいるんですよ。どうなってるんだか知りませんが、若者が集団でする略奪結婚やジョジャロ、ンゴンガレって公然の駆け落ち、夜這い風習でもあるんです。 こっちとはまるっきり違うんですよ。
古い習慣で生きてきたのが突然町に余所者が地元より増えてバランスが崩れたのが騒動の元でしょう。スハルト時代は軍の鉄砲があったけど今はお互いにやりたい放題ですから。
それがこの頃じゃあまたまた化け物騒動ですから敵いません。養殖場を泥棒から守らせてた民兵、これも只じゃあないんですが、奴らも鉄砲捨てて逃げ帰るんですからねえ」
「君にはいろいろ面白い噺を聞かせて貰ったよね。お伽ぎ噺の時はいいけど、現実で作業や採算に影響がでるんじゃあかなわんよね」

私は事業への確たる相談に乗れる立場ではないし、いい考えとて浮かぶわけのものでもないから黙ってグラスの氷を鳴らしてずいぶん黙っていた。記憶が蘇る。

《 儲かっていた時代に私は彼の養殖場に行ったことがある。
ジャカルタからマナドまで五時間の空の旅、飛行機を乗り換えてお隣りのハルマヘラへひと飛びするが、此処はもうアジアではない。ジャワの茶色い世界から蒼い世界に入ったと、文明の利器エアークラフトから下界を見下ろしても心からそう思った。ランデイングしたスパイスアイランドで名高いテルナテのガラメラ噴火山の偉容も既にこの世のものではなかった。
近代科学時代を高らかに宣告したのはダーウインで、人間も神に選ばれた使徒ではなく進化と遺伝の産物だと「種の起源」で喝破したが、それに先だって彼に献策したかのA.R ウオーレスその人だった。
ウオーレスは採集で生計を立てる貧しい生物学者だった。インドネシア大列島に足を踏み入れて、恐怖にも似た感動を味あうことになろうとは。
東インドネシアカイ、アルー諸島で種を維持するため牡は身の危険も省みず華麗な装飾羽(なかには体長の数倍の尾羽を持つ鳥もいる)を誇示する天使にも見まがう極楽鳥の乱舞を目の当たりにした。当時西洋人にも東洋人すらこの異境に立ち入った人は指で数えられる程で、異界だった。
マナドトウアを眺めながら彼は不朽の名著"On the tendency of varieties to depart indefinitely from the original type変種がもとの形から出て無限に離れてゆく傾向"を書き上げたのだった。
スラウエシは隣りの安定したカリマンタン(ボルネオ)大島とは狭い海峡で隔てられているだけなのに様相は全く異なる。いつか何かの地球規模の変動があって此処を境に世界を断ち切ったのだ。スラウエシはその不気味ともいえる島の形のように地殻は揺れ動き、生物相もアジアとは全く異なる姿を呈している。ウオーレスは近代の幕開けの名をダーウインに譲ったが、この第三世界の門にウオーレスラインとして不滅の名を残した。
オーストロネシアと呼ばれるこの地域は人口希薄、資源も少なく文明から置き忘れられた隔絶した僻地から脱しられないのは中央から余りにも遠く現代では無価値だからだ。
人間に覆い尽くされた地球でも砂漠と高地極地を除けば最も広大な未知の国といっていい。

ハルマヘラの西側にはテルナテ、テイドレ、マレ、モリ、マキアン、カヨア、バチャンと南北に小島が点々と続いている。
インドネシア人でももう忘れられている辺境だ。忘れるとゆうのは知っていたからだが、多分知っている人も少ないだろうが、その昔世界中の商人が探しまくってボロ儲けした幻の香料丁字の地球上唯一の自生地だったのだから忘れて貰っては困る。
この木の実を探してイスパニアは間違って新大陸を'発見'したのだし、ポルトガルは地球が丸いのを発見した大航海時代の幕が開いたのだ。木の実の興味がなかったのは何故か木の持ち主である島の人達と日本人だけだったのだが。多分島民も我々の先祖も腐臭のする獣肉など喰わなかったからだろう。
スパイスアイランズのロマンに惹かれると申してはこの共和国に失礼か、その為に数百年の白人植民地で汲々としたからだが、時代は過ぎ去ってただの辺境だとは知っていたけれど、俺には一度は行ってみたい処だった。
考えれば奇妙な話しだ。同じような気候なのに、どうしてこの木の実チェンケがこのちっぽけな島々にしか生えなかったのだろう。

フェリイとは名ばかりの老朽貨物船は燃料に事欠いたかエンジンが故障か便はなかった。
客は一列になってカヌーに坐り70キロを南下した。男も女も乳飲み子もみんな押し黙ってうねりに身をまかせていた。左手に香料諸島の島々が浮かんで消えていった。
飛沫に濡れそぼったあと、マキアンのパレリから吉田の舟に乗り換えた時はただただ遠い地の感慨だけだった。蒼い外洋から入り込んだ深い入り江は鏡のようで人間の世界ではなかった。雨が少ない土地なのか迫る山には緑は少なく、それが俺の眼には一層別世界の趣きだった。
空気も違った。光も違った。静かさもまったく異なった。
吉田は裏口からこの国に入ってきた日本人では珍し男だった。日本人は必ず北から来るが、
彼は商売柄北オーストラリア木曜島(真珠業最初の移住地)からアーネム湾アラフラ海、と南から来た。それがどうとゆうことはないがやはり筋金入りとは謂えるし、彼にとってはそんな辺境ではないお隣りさんなのだろう。
俺の為なのだろうデイーゼル発電機の場違いな単調な連続音が聞こえ、養殖筏の裸電球がひとつ点り生冷えのアンカービールを開けた。満天の星空が落ちてくるように近く、筏には蚊が少ないし涼しい。流れ星が合図だったのか寡黙な吉田は一息呑んでから、

{この島は面白いんですよ、イスラムとか言ってても笑っちゃうんですよ、カミサマはナガ(ドラゴン)なんですから。今時龍が島の主なんです}
{こう竿を投げるでしょ、すると何回投げても重りが返ってきちゃう時があるんですよ}
{自転車で道を走ってると、どうしても真っ直ぐ行けないでよろけて二日酔いみたいになっちゃう時があるんですよ。村人はナガのせいだと言ってますけどね}
{僕は幸い会ったことはないですけど、ネッシーみたいなのがいるらしいんです。さしずめマキシーですかねマキアン島だから}
{怪物でも悪さしたりする奴だけじゃなくって、モヨヨってのは人間ですがオランラウト海の人、森の人のオランウタンの対でもないけど、沖から来ていろんな宝を置いていったりするんですって} 》


「悪い、思い出してたんだ、君と会ったマキアンを。よかった時代もあったんだ。 商売代えは最後の手段、投資回収もまだだと思うし、言いずらいが島なら経費もかからない。子供が中学生になるまで辛抱できる。 私も例えばダイビングスクールのインストラクターとか当たっては見るがプロウスリブも閑古鳥だし、そんな商売は腕ではなく顔とか話術とか別の要素が勝つ世界だから勧めないが」
「僕ひとりならそれでもいいのですが、そのナガのせいで雇い人が怖がって母貝の養生も
ようしないんです。潜らないんですよ。このままでは全滅でしょう。奴らだって鮫やイルカの区別位は出来ますからね、両方とも此処の通りの人間みたいにわんさといるんですが、近頃妙に少ないのも奴らの理由なんですよ。噂に尾鰭がついて人がさらわれたとか、沖で出会ったとか、ひどいのになると女が追われたとか。 バチャンの山には確かに未開人がいるんでそれと混同してるんでしょう、マキアンは小島でそんなのものの居所もないってゆうのに、頭にきちゃうんですよ。そんなこんなで、僕も寝られないのか二度も金縛りになっちゃったりして」
「君ともあろうものが弱音を吐くなよ、普通の日本人とか違うんだから。 だがそうなると厄介だな、此処は迷信と風説で生きてる国だから。どうせ出るなら前に聞かせてくれたモヨヨならいいのにね」
その夜彼は深酒して家に抱え込んだら二回も吐いて、せっかくのステーキも身にならなかった。酒に弱いのではなく心身ともに疲れてたのだろう。三日いてバリの女房の親戚に寄るといって帰っていった。彼には商売は無理だ。出来れば真珠が一番向いている。俺は新品のスクーバレギュレターとパッキンセットなどを持たした。あそこでは買えないし古いのを無理して使えばナガに会わなくても、死ぬ。


 
 
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