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30 ニラの人魚 第二章 2 (マキアン養殖場)

バジャウ
  祭りが終わって養殖場はまた倦怠な静寂に還った。陽が昇り陽が沈んで一日が過ぎていった。
沖から三隻の薄汚い家舟がやって来て男がなにか言ってから手振りで筏に舫いたいとゆうのか。たぶん漂海民バジャウなのだろうマキアンの人達とは違う。
この地帯で使われる腕木付きカヌーとは違いモノハル単胴で中には女子供もいるようで家舟の覆いは工事用かなにかの古びた青いビニール布なのも近代化か。
焦げ茶色の小柄な身体で裸、ここの人達は泳ぐ時でも長い腰巻きをしたがるが彼等は褌だけだったから。
言葉はまるっきり通じないから薄ら笑いしているよりしょうがないが、ご先祖がいつからこの暮らしを選んだのか、なにも好き好んで海の上でもないだろうに。
吉田は礼儀でもないが生まれた時から海の上で暮らしてきてるのだから俺より先輩なんだとトンバコを差しだして火をつけてやった。
バジャウかと聞いたら、ヤオ、ヤオと叫ぶように返した。ヤオ族とゆうのだろうか、ハイそうですと言っているのだろうか。
吉田はそのまま桟橋から家に向かったが、彼等はまだ留まっている。
別に害にならないからいいようなものだが、気にはなる。
マンガの実を三つ四つとバナナの房、米を袋に入れてセンパイに敬意を表してやろうと歩いて戻った。舟の後ろには煮炊きする小さい竈のようなものもある。
男はしゃがんでウニのような棘のあるものを割って中身を呉れたから一緒に食べた。
裸の子供の皮膚病がひどい。生まれ故郷では白なまずとか言ったのだろう肌に白い斑点が出来ていた。眼もトラフォームなのか目やにが溜まっていたのでアズマの方がまだマシかともう一度医療箱を持ってきて、これも秋山さんが入れてくれた抗生物質を使用説明書を読んでから塗ってやった。
子供もひどかったが舟もひどい。浸水でほとんど水舟で子供も舟の中で水浸しだったのだろう。待てよ、此処に寄ったのもそのせいではないのか? 俺が此処で真珠をやるようになって彼等が来たのは初めてなのだ。よほど困っているのだろうか。
吉田は手振り身振りでやってみたが遠慮深いのかどうなのかさっぱり意志が通じない。

家で女房に話すと彼女が言った。
「パッサルに虐められっ子がいるでしょ、水掻きがあるオランラウト(海女)って言われて。あのみなし子なら言葉解るかもしんないけど掛かり合わない方がいいんじゃない?」
ほかにする事もないので吉田は自転車で市場にひと走りした。虐められっ子は隅でバナナの葉っぱに小魚を盛って売っていた痩せた少女だった。髪はばさばさだが瞳が緑色をしていた。
自転車の荷台に乗せて帰り桟橋に連れて行く。
少女も良くは解らないようだったが俺より通じた。案の定水漏れで困っていたから同じ海の商売、仏心を出して腐った板の継ぎ目に白い充填剤を捏ねて塗り込んでやった。
しばらくして別の男が中から出てきて、細かく編んだ蔓の袋を手にして桟橋にあがってしゃがみ袋を差し出した。バナナのお礼か。
袋を覗くと同業者らしい玉が数個はいっているようなので、天然でも黒蝶かな。
吉田は愕然とした。
掌に転がった天然物は彼も初めてお目にかかるブルーパールではないか。
真珠には普通白蝶貝と黒蝶貝いわゆる南洋真珠がある。養殖にはあこや貝を使う。
青真珠はブルーテイアドロップパール青い涙の雫とも云われて本職でも見た人はいない。英国王室の王冠、ロマノフ朝エカテリーナ女王のものは紛失したとゆう。
青い海の色の輝きは比較する何物も他になかった。玉も桁違いに大きい。
吉田は手が震えるのを覚えた。しばらく掌を眺め続けた。
男は無造作にひとつを摘んで、顎をしゃくりながら吉田の手に移し、笑った。
モヨヨではないだろうが彼等にこの玉の価値が解らないのか。もっとも此処では宝飾品など意味がない。せいぜい金飾りくらいのもので必要なのは衣食住しかない。玉があってもマーケットはない。
吉田は我を忘れてあらゆる通じそうな言葉で何処で採った?誰と採った?何故採れた?と浴びせかけた。男は愉しそうに手振りで答える。吉田はその仕草を凝視した。
「ニラ!ニラ!」と言いながら男は潜りの格好をした。当たり前だ真珠は陸では成らない。
海で誰かと会ったと?いや仲間と?取引した? ケタケタ笑うので吉田も笑わざるを得ない。男は両手で顔を左右に引っぱって眼も口も細く黒いチナ人の顔にしてまた笑った。
俺も東洋人だけど眼はそんなに細くはない。
「モヨヨ」と答えたようだった。少女もそう言った。まさか。
ニラは聞いたことはある、沖の岩礁と小島がある。が無人島だ。
吉田はクレテックロコ(丁字煙草)ひと箱と砂糖一袋を男に渡した。手振りでたぶん塩だろうとそれも加える。何故海人が塩なのかは解らなかったが。また来るといった仕草をしていたが夕方近く家舟はもうおらず、吉田の掌には輝くブルーパールが残った。
香港かシンガポールに持って行けば一年間遊んで暮らせる。いやもっと長く、、。

吉田は眠れなかった。もしかしたら絶対のチャンスかもしれん。
ブルーはもう話題にもならない。何故なら話題にしても見た人も触った人もいないからだ。インド洋の深みにあるとか、紅海だとか単なる絵空言だとか。しかし王冠には埋められているし、今ではここにある。ブルーが一年に数回、手に入ればこの養殖場はサンデワラ(お芝居)でいい。儲けは数個のブルーで充分過ぎる。
たまに極く稀に、巨大なシャコ貝などに偶然真珠が宿ることは聞いた。もともと真珠は貝の不具か一種の病気なのだ。異物が侵入し貝は防御の為にカルシューム質で包もうとして出来るものなのだとゆう。
そこで吉田はまた愕然となる。一体誰が潜ったのだ?
ブルーは百米以上も深い底で育つと云われているのだ。機械が無ければ潜れない。機械を持っているなら大玉をみすみすこんな黒ん坊には渡さない。
やっぱりモヨヨなのか?

夢を見た。岩礁に砕ける波、夕日が段々小さくなって眼になって眼が見ていた。
ニラとゆう声が聞こえた。脂汗が出て目が覚めた。
千載一遇の幸運、いや博打的な妄想だ。迷いを振り切ろうにも揺れる心は止められなかった。水浴場で水をかぶり歯をごしごし磨いた。
食堂では朝食は終わっていて女房が「あんた、うなされていたわよ、大丈夫?」
「Tak Masyaraなんでもない」
アズマは秋山さんが呉れた絵本を見ていた。高速道路にスポーツカー、此処に居ては一生縁のない代物が不憫だった。砂糖とコンデンスミルクを普段より多くいれたコーヒーを口に運んだ。
アズマが突然顔を上げて父親を見ながら無邪気に言った。
「Paak, Antarinku Nira! パパ、ニラに連れてってよ」
青真珠を手にした時より驚いて返事などとても出来ずまじまじと息子を見るだけだった。
アズマはニラの島など知らない。只の一度も彼の前で話したことはない、その必要もなかった。ニラは昨日聞いたのが初めてなのに。父親は混乱した。

もう一度パッサルに行ったが少女には会えず、三日目の朝彼女はその場所にしゃがんで商いをしていた。
「売れるか」首を振る。「親は」首を振る。
「モヨヨを信じるか」緑色の瞳はコクンと頷いた。
たまたま手伝い娘が暇をとったので聞くと働くと答えたので、少ない商売包みを仕舞わせて自転車で連れ帰る。女房は皿洗い洗濯から解放されたから着古しのサロンに着替えさせた。
名前がなんとゆうのか知らなかったので、昔々バリの曖昧宿の相方の名前を咄嗟に思い出したから、お前は此処ではリンダと呼ぼうと言った。


 
 
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