慢学インドネシア {フィクション}
 
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31 ニラの人魚 第二章 3 (マキアン養殖場)

海生人類
 ミーア号は新しい名前を貰ってクオーターの風を受けて見違える走りを披露している。
ウインのチューニングに付き合っている秋山。
ジャカルタ主港タンジュンプリオクへの指標ダマール灯台をかわして西のテイドウン島に向かう。
雨期の終わりは風が回るが、パリ島を見る頃には12米くらいの順風になり艇は適度のヒールで安定する。プロウスリブの南端で海はまだ首都の汚濁を浮かべていて濁っている。
ヨットはセールが命だがそれを支えるマストが大切だ。ボートに垂直にマストを立てるのは浮いている物だから思っている程簡単ではないが、全ては此処から始まる。マストはこんにゃくより柔らかくステーの張りでどうにでも変形してしまい、それが走りに癖を生じて持てる性能を発揮出来ないから走らせながらトライ&エラーで細かく調整しなければならない。そのまま放っておいて使えば肝心のセイルに変な癖が出てもう直らない。
「カルセイに勝てるかな?」
「あの舟は腕じゃなくドウイット(銭)で走っている。艇速じゃ敵わないから風を探せる運とゆうことだ。コースを逆にとり賭けるわけだ。失敗したら悲惨だがね」
話を風に飛ばされながらウインチをキリキリと巻き上げてクローズホールド一杯に持って行く。風下舷が波に洗われ真新しい船腹が露出する。これでどのくらい耐えられるかだ。
ウインは足で踏ん張って身体を乗り出してバラストになる。でかいからいい目方だ。
「これで上り一杯か?」 うねりにつっこみ一瞬でずぶ濡れだ。
「フルだ。もう少し昇れればな、フォアステイが緩いのかもしれん」
しかし私の持ち物だった頃とは雲泥の差だった。まるっきり違う。ヴァンデシュッタットデザインだが名前だけでいつ建造されたのかも解らない。外板張り替えの時前から気になっていたスターン後部を80センチばかり切り落としたのが結果良かったのか。
疲れるので少し風下に落として、
「テイラー(舵棒)から手を離せなくなってもいいなら、ラダーをもっとアスペクト比のある縦長にすればいいかもよ、舵ってけっこうな抵抗だから。自作でもいい。でも挙動は神経質で直進性はなくなって彼女とは乗れなくなるけど。」
飛び魚の群が十数頭のいるかの連携プレーに追われて逃げ場を失いボートの周りは戦場になった。イルカはフネとあとさきになりながらジグザグに飛沫を跳ね上げて、今時の地球で野生動物が人間をおちゃらかして愉しんでいるなんて、海はやはり偉大だ。

落日がプロウトウンダの水平線に沈む頃には、生まれ変わったミーア号はか細いヤンマーの音を遠慮勝ちにたててパラの環礁に入りアンカリングした。
「ヤンマーも気に入ってるんだ。単気筒で壊れようもない手動式だし」
「そりゃあ良かった。バッテリイも要らない。あれって結構重いからレーサー気取りなら目方は厳禁だからね」
クーラーボックスからカールスバーグビールを二つとりだしてもウインは私に手渡さない。
「これも重りだ。プロは余分な物は積まないからキヤは飲まないんだろ?」
「Mere号ってどうゆう意味があるの?」 
目方を軽くする為ラッパ飲みで旨いビールをあおってから聞いた。液体が場所を変えただけでボートの質量は変わらない。
「東洋人には解らないと思うけど、南ヨーロッパではMerっていろんな意味があるんだ。
Mercy,Merge,Merlin,Merryとか Mermaid、Mermanも入る。ミーアってのは'愚行の極致'ってことだよ」
「それじゃあ近い内にそのミーアってのをやらかすか」
俺は吉田からの迷いの手紙、宛名が隠れる程切手が貼られた遠い国からの手紙のどこから彼に話そうかと思っていた。
風はやや湿り気を帯びてシュラウドがマストに当たってカチカチと鳴っていた。スコールの予感の雲がゆっくり動いていた。雰囲気としては最高のお膳立てだ。
俺は厚い造りのグラスをポロシャツの裾で拭いてハーパーバーボンを注ぎ瓶をウインに投げた。
「ウイン、君はマーマンを信じるか?」
「今更何を言う、僕自身がマーマンだって言ったじゃないか」
「君が人魚なら、親戚がいると言ったらどうするね?」
ウインは坐る位置をずらして、多分このボートの底にもいるだろうけど会えないだけサ、と海面を遠く眺めやった。たまたまその時バシャッと魚が跳ねたから、
「言った通りだろ、、」
「ブルーテイアドロップとゆうパールを知っているか」
「いや、僕は真珠は知らない。それがどうしたのだ」
「俺の友人がパールカルテイヴェーションをやっている。東インドネシアで。彼から手紙が来た。なにか君の親戚のような人と会ったらしいのだ」
「何処で?」
「とうぜん海の中だろうが」
「どうゆうことなんだキヤ、真面目に正確に話しては呉れないか」
私は吉田が下手な字で訥々と書いて寄越したスムスムの夜の出来事を話した。
「幻覚だろうか?ウイン」
「そうかも知れない。そうでないかも知れない。マキアンて遠いんだろ」
「近くはないが一度は行く価値はある。真のインドネシアはもうジャワにはないから。
此処が箱庭だとすればバンダは一つの国だ、蒼い国なんだ。それしか無いが他の何処にもない。友人はプロとして疑いを持ちはじめているんだ。自分が神経病なのも拒否したいんだ。
月夜のその蒼い海中で、海中といっても数米だったのだが彼が見られたモノ、いや見ていたヒトは、スピルバーグの映画に出てくるETと似ていたとゆうのだ。架空の宇宙人のようだったと。
それより彼にとっては漂海民にテイアドロップを貰ったのが最大の謎なのだが、彼はそれを結びつけはじめている。素潜りでは百米の深みにある貝は採れないから誰かが手助けしたと考えて不思議ではない。イルカか鮫かそのほかの海生物か、彼か。疑問は悩みに変わっている。相談する相手もいないしひとりで混乱してる。わけのわからん出来事が続けて起こったのだから無理もないが」

ふだん饒舌なウインはひと言も喋らず黙っていた。グラスが潰れるほど握ってグイッと飲み干し、立ち上がってマストに凭れた。後ろ姿で表情はわからなかった。
その夜はもの凄いスコールが来た。風さえなければボートはどうとゆうことはなく、これだけ降ればたとえ波があっても雨に叩かれて波頭は消えるが、雷は願い下げだ。
静電気なのか空気が震えるように、振動するように変わってしまう。
雷鳴がとどろき島と椰子の木が闇夜に浮かび上がる。落雷なんてゆうもんじゃあない光に包まれたミーアは海面から持ち上がったような感じで髪の毛が総毛だったが、ウインはクオターバースに足を投げだしグラスを持って物思いに沈んでいた。
「マストステップから離れろ!」
単に雷は自然現象で静電気の放電によって起こりますと紙に書くだけなら確かにそうだが、
書いた人はこんな自然は多分知らないのだ。
周囲で落雷が始まると空気は確かに異常になる。僅かな時間だが異なる世界が出現する。
その界にいると、何物かに掴まれたかのように身動きも、思考すら失う。これは恐怖ではなくもっと物理的なものなのだ。人間がまだ知らない磁界があるのだろうか。
熱帯とゆうのに気温が下がってTシャツでは寒い。万一を考えてマストにアンカーチエンを巻き付けて海に垂らし落雷しても電装が破壊されないようにしたが彼は有り難うとも言わなかった。中腰で濡れた身体を拭いていたらウインは突然、
「友人は彼に逢ったね」とぼそりと言った。
「アクアテイックエイプ、常識で考えても彼はETに似てくるはずだ。水棲動物の進化に合致している。あらゆる状況で海に還った暮らしならきっとそのような形質になる。
キヤ、我々はミーアオデッセイをしなければネ。シュリーマンだって気が狂ったと言われ続けた挙げ句、仮説通りトロイを見つけた」
やっと笑顔になったウインの顔が雷光でストロボのように煌めいて消えた。
再び暗いキャビンで彼は続けた。
「野人は人間と同じ生存区で迫害され追い立てられた。野生動物の範疇でね。人魚は違う。
人間であっても人間と決別して生存区を海に選んだ。同じ海生哺乳類で最初から人間に敵対的な動物がいたかね。人間を同等の動物として無視するか友好的に振る舞ったのは海が
陸地のようにせちがらくなく、彼等の方が優位にたっていたからだ。いま以て鯨やいるかなどは人を怖れない。人魚に会えれば彼等も人間に敵対しないはずだ。
いまだに現認出来ないのは生存圏が異なる事、海洋が途轍もなく広い事、数が少ない事など遭遇チャンスがないだけだよ。彼等は必ず暮らしている」

ミーアの狭いキャビンでウインとキヤが夢を語り合っている時、マキアンのヨシは次の決定的なクローズドエンカウンター(接近遭遇)を経験していた。ニラの岩礁で。


 
 
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