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34 ニラの人魚 第三章 2 (邂逅)

マキアン
  リンダはそれまでのひとりぼっちで、無口の朗らかとはいえない娘だがよく働く素直な少女だった。寝るところが定まったせいか毎日アイルタワール(清水)で水浴出来るからか三度の食事が出来るからか日増しに健康そうに変わった。アズマともうち解けたのがなによりで昨日はボール投げの相手もしていたと女房も気に入った様子だ。
インドネシア語は聞きかじりで普通以下だが感がいいので不自由はない。親無し子だから
何も知らなくて当然だろう。熱い手(盗癖)もないし働いてくれさえすればそれでいい。
近いうちにジャカルタから客人があると亭主が言ったから手が増えれば大助かりだ。好きではないストリカ(アイロン)掛けも教えれば任せられるだろう。

吉田の混乱は何ら解決していなかった。
解ったのはモヨヨがいるのをこの眼で見たことだった。モヨヨがいたとしても現実は変わらない。怪物は秋山さん達の仕事だ。俺はブルーだ。しかしこのふたつはふたつに関連があるのも事実だ。
それに加えてあの音と俺の失神は関係があるのか。
もっと解らないのは息子だ。ぜんぜん解らない。ニラでの出来事を行く前から知っているようだったし、それを喜んでいたようだ。わからん。
相談する相手もいない。日本語で悩みを打ち明けられる秋山さんが待ち遠しい。
リンダが音もなく入ってきてミルクコーヒーを「コピ」と言って差し出した。
吉田は礼を言ってコップを受け取ろうと手元を見た。普通とは違っていたが黙っていた。
「バジャウの人とはよく会うのか」と聞いたら微笑んで首を横に振った。
「お前はピアトウ(孤児)だって?」頷く。後は知らないとゆうだけだった。
「言葉はどこでおぼえた?」
「自然と喋れました。国語は市場でなんとなく。足し算引き算も。でも字は少ししか」
「なんでモヨヨを信じる? 見た人もいないのに、あの時信じると言ったよね」
「聞こえるのです、たまに。どうしてかは解りませんけど。多分生まれつきです」
「夢でか?」
「ではありません。なんとなく、です」
「それでいいことがあるのか」
「ンガ、べつにありません」
「なんと言ってるのだ、モヨヨは?」
「――――」
リンダの親指の付け根、指の第一関節の付け根半ばまで皮膚があった。


ムルパテイ・エアはマカッサルで給油してバンダ海を飛んでアンボンへ二千五百`余。
アンボンではMAFがご親切にもシープレーンを用意していたのでマキアンの屯所に電報する間もなく北へ向かった。
「ミスタ、航路はアンボンからは殆ど真北だろ、バチャンを見たら少し頭を振ってタネリ島辺りで高度を下げてくれまいか」
「OK, お安い御用です。でそれからどうするんです?」
「ちょうど赤道0度を越えるとゴライチってゆうリーフ群があるんだがその上を飛びたい。君は知ってるかい、ゴライチとかニラとか」
「いいやトアン、聞いたことはないっすね、でもだいたいは解る積もりです、上を通るだけなら」
我々は二時間かそこらで蒼い海に浮かぶ岩礁を見ることが出来た。
白い波濤が美しく輪郭を作って、竜宮城もかくやと思う、泣けてくるような美しさだった。
ずっと気が遠くなるような遙かな昔、裸の猿が浜辺で貝を採っている姿を見たようだった。


マキアンに空から人間が舞い降りたので養殖場は驚いたことだろう。
驚いたのはヨシ一家だけではなかった。
屯所の星ふたつのサージェン、アグスも驚いて空を見上げた。飛行機はいつも点で、たまにサービスで雲を引くこともあるが、なんと水上飛行機がこの湾に着水したではないか。
降りてきたのはガイジンがふたり、エンパンの桟橋にいる。ヨシの知り合いか。
不審な事は報告するのが務めだが、マキアンは喧嘩もないし盗むものがないから泥棒もいないし、だから事件がないから昇進もない。
ガイジンはそれだけで不審だ。ではないかも知れないが飛行機で来たのが不審だ。
アグスは軍専用電話のハンドルを回してアンボン・トリコラ軍管区のニクラスに告げた。
「MAFだったのだな」
「ハイ、間違い有りません。空色で大きく書いてありました」
「色はどうでもいい、わかった」電話はそれで切れた。
ニクラスは先方はどうか知らないがMAFとは親しかった。時々行って飛行認可書を検査する。そんなに変わる証書ではないから来月は整備記録簿を見に行く。問題が無いのは解っているがこれも勤めだ。坐って待っていれば何も言わなくても封筒を呉れるからポケットに入れるだけだ。この勤めがなければ町の飲み屋には行けなくなるから精勤している。
パイロットを呼び出した。
「イワンか、久しぶりだな、調子はどうだ。ほかでもないが昨日お前マキアンに行っただろう。お客は誰だ?」
「行きましたけど、客は外国人ふたり。プンデタ神父じゃなく一般人でした。フライトオーダーだけで用向きは知るわけがないじゃないですか」
「そりゃあそうだ、君は運チャンだからな。何か喋ってたか」
「さあ、別に、、ああ、何でしたっけ、シーカンとか、ほら例のお化け魚の。そんなたわいない話とかドユンとかオランラウト、ゴライチってカランガンの上を飛んでマキアンに運んだだけですよ」
また近いうちに会おうといって受話器を置いた。イワンはあまり会いたくないようだった。
俺の取り柄は疑い深さと記憶力だ。それが余録のタネなのだ。お化け魚はマナドの博士がご執心で、なんでもいいから魚の情報があったら頼むと上から言われている。くだらんから今まで忘れていたけど思い出した。いてもいなくても知ったこっちゃあないが外人が高い銭を払って来るならいるんだろう」
善は急げだ。マナドのウイラブアナ管区を通せばカネにならない。この場合直接がいい。
番号を調べてサムラトランギ大学のブヒンポン教授を呼びだした。軍管区の電話は威力がある。ニクラスはトリコラ軍管区情報部のニクラスを強調した。情報部とはまともな人なら誰でも知っている怖い所なのだ。
外国人二人とカメラマンらしき男がゴライチ環礁でシーラカンスを捕獲したらしいのでお知らせしておきます。先生のお名前は有名でよく存じています。情報提供には協力しますから遠慮なく言ってください。が、軍務ではないので調査は実費をお支払い戴くことになりますが。私は本件主任のニクラスといいます、ええ、ニクラス、電話番号は、、、。


三人は挨拶もそこそこに桟橋に籐椅子を並べて車座に座った。
焼き魚、海老の辛子煮、遠路の客には質素なもてなしだったが、新鮮さとヴォリュームはバリのシーフッドを遙かに凌駕していたが、今夜は酒でも料理でもない。秋山が言う。
「まずレクチャーと行こう、ミスタヨシダあった事を詳しくもう一度話して呉れたまえ」
吉田は感情を交えず冷静に話し始める。ウインは身体を前にして聞き入った。
感嘆詞など発する者はもう誰もいなかった。現実なのだから。
「ここで理解出来ることは、イニシャテイーヴは我々人間ではなく、すべて彼等が持っている事だ。彼等が会いたければ表れる。会いたくなければ表れない」と秋山。
「大昔からオランラウトが幻想と実在の狭間を揺れ動いていたのは実はそこにある。
我々は地上の王者であっても水中では二分と持たないし何も見えない。たとえ会えてもそれはいつも瞬間だった。それが物語を生んだし、彼等が生きてこられた要素だ。
クストーがスキューバを開発して水中での自由を得た現代だがそれも僅か半世紀、彼等とどうコミニュケーションを取れるかが最大の問題点だ。それが解れば必死で捜す事もない、
いるのだから。また捜しても逢えないだろう。 まさに未知との遭遇、教科書はない」
「遭遇で、初めての貴重な体験をミスタヨシダが発表した。そこにこれを解くキイがある気がする」ウインは続けた。
「すべてが何らかの可能性あるサインとして整理してゆこう。海生哺乳類の意志疎通として。それを考えれば方法は出てくる。今話したようにやっと最近イルカの研究者や飼育係りが数百語を理解し、連携しあってパルスを発射して捕食魚を麻痺させるのを現認したってゆうからイルカは人間の不可聴領域の周波数で相互交換している。水中ではその方が有効だから進化の過程でそうなった。ホワイトペリーポーパスやボトルノーズの声は周波数8万から15万ヘルツ、人間の可聴範囲は上限2万ヘルツで比較出来ない。ハンテイングヴォイスわゆるクリック音や蝙蝠などの対物感知機能いわゆるソナーもまだ解明されていない。 音は数千分の1秒の波動で戻らないが、海中では波動を増幅したり連鎖させたり反復させたり出来るのじゃないか。それがローレライ現象ではないのか。
タスマニア近海でオーストラリア鮪漁船が原因不明な幻聴に見舞われて漂流して救助されたのがこれなのではないか。
同じ水棲哺乳類ならモヨヨも同様な進化をしたはずだ。人間が空気振動を音声を利用し始めた頃と同年代だから。その仮説を採るとヨシが体験したおおよその疑問が解明できる。
まずモヨヨは以前から君と交信したかったのではないかと思うんだ。
モヨヨもイルカと似ていて好奇心旺盛だと思えるのは第一に人間と同類だからだ。チンパンジーもそうだから。知能も高いと思うよ。
人間もモヨヨも肉体的に差はないようだから、自然環境で生き延びる為には特殊能力を開発させねばならない。速力も牙もない人間は非常に厳しい環境で知恵を絞って狡猾さや連携、火の使用に辿り着いた。一方モヨヨの環境は陸に較べれば天国で捕食の苦労も外敵も少ない。しかし何らかの保身法、防御攻撃は必要で、それがパルスだ。
陸の頭で考えないで異なる環境の液体、水中なのを忘れないで。伝搬が全く違う。
ヨシが会ったモヨヨは体型から目鼻だちまで進化の過程にあるようだが水中対応している。
ヨシが寝苦しかったりうなされたりしたのも波長が合わなかったからじゃあないのか。
予言師やフォーチューンテラーは常人にはないある種の波長を敏感に感じる、常人も稀に夢枕にたつとかの奇跡を、二度と起こらないから奇跡なのだが、予見する事がある。
モヨヨの言葉は解る人とそうでない人、苦痛でしかない人と分かれると思うんだ。
マーメイドの歌声、ローレライ現象、ヨシが体験した金属音、伝説も事実も実は同じなんだ。パルスが直接脳に作用するのではないか。耳核とか三半器官の奧にとか。だから無意識に聞けるとゆう事になろう。それには個体差があるとゆう事だ」
「要するに馬があうとゆうやつかな、ヨシ?」
「金縛りもそれですかねえ。ニラの海で会った時、なぜかは解らないけど意志の疎通があった気がするんですよね。まったく怖くも驚きもしなかったし」
「まだ何もわかっちゃいないけど、今の段階ではそうとするよりないな。進化の時間からすれば、人間が人間と呼ばれてからはまだ瞬きする位しかたっていない。科学の粋を集めても水中ではせいぜいサブマリンのソナー程度でおぼろげにしか物体を把握できない。当然だよ、百年もたっていない科学の浅知恵だからね。」

「あの、息子のアズマですが、話したように事前に知っていた、むしろ呼び寄せられたと言った方が正しい行動をしたし」
「もしかしたら、子供は純粋だから成人より波長を合わせ易いのかも知れない。そうゆう話ってあるだろ、子供の時は持っていた能力が恋をする頃に失ってしまうといった」
「もうこの桟橋の下でファミリイ、シスターブラザーが集まって聞いているかも知れないよ」
「例のリンダですが、彼女は声が聞こえると言ってます。特別な能力が備わっているのでしょうかね」
「探索には通訳としてご同行願うか」
「波長が合わなければヨシが失神したようになる。失神した後に聞こえるようになるのかも知れない。先方さんが間違った波長を出せば、イルカのスタン銃のような武器になるかもしれない。命がけだな」
「ここまで来たら慌ててもしょうがないし、すべては先方様のご意志通りとゆうことだ。
ニラに行ってもお留守だってことは充分考えられる。今夜はこれまでにしよう。明日はその通訳さんにも会いたいね」

翌日、フル稼働しているのはエアコンプレッサーだった。ボンベに空気を充填する作業が
フィルターの具合とか何かで調子が悪く時間がかかってなかなか全量満杯にならなかった。
ミルクコーヒーとはいっても島に牛乳を飲む習慣はいないから濃縮ミルク缶詰を開けて茶色が薄くなるまで入れて運ばれる。甘いほど高級なコーヒーなのだ。
呼ばれたリンダが恥ずかしそうに俯いてミルクコーヒーと一緒に部屋に来た。
彼女は紅毛異人に会うのはたぶん初めてのはずだ。モヨヨよりイエテイに近い異人に会うのはある種の準備も必要だ。
ヨシが刺激しないようなるべく友達に会いたい風に穏やかに尋ねた。
「この前の話だけど、モヨヨの。君は声が聞こえるっていったけど、おじさんはこの間カランガンニラでモヨヨに会ったのだよ」
リンダは俯いていた。
「また会いたいと考えているけど、なにかいい方法はないものかなあ。バジャウに知り合いはいるかね、リンダ」 
リンダは俯いてい足の先を見ていた。吉田はその指にも水掻きがあるかと視線を下げた。
「私の方から話すことは出来ないですから。私は受け取るとゆうか、そんな感じがするだけです」
今度は吉田が言葉の接ぎ穂を探す段になる。リンダは小さい声で続けた。
「もう聞いたような気がしています」
全員一度に顔を上げた。リンダは緑色の瞳をあげて、
「白い崖の下でと言っていたようですが私はそれが何処かは知りません」
女房は若い衆を連れてベンジンを買いに走った。別の若い衆はヤマハのプラグを掃除した。


養殖場が何やら騒がしい。朝からずっとデイーゼルの音がしている。行って様子を探ってみようか。アグスはシャツを着て、考え直して軍服にした。
市場にヨシの女房がいた。
「スラマットパギ、イブヨシ、アパカバール おはよう、買い物ですかい」
「旦那がニラでモヨヨに会うなんて冗談ばっかり言って高いベンジン買うんだから」

アグスはトリコラに電話した。
「シーラカンスじゃあなく怪物探しのようです。金をかけています」

 

 
 
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