慢学インドネシア {フィクション}
 
ホーム
コンテンツメニュー
会社概要
事業内容
トカダの意味
サイトマップ
リンク
お問い合わせ
慢学インドネシア
   
 
BACK 慢学インドネシア目次 NEXT

37 ニラの人魚 第三章 5 (邂逅)

ゴライチ環礁ニラの白い崖
  鰹船には三人のほか'通訳'リンダが乗った。
月明の中でも迷うことはない、もう針路は決まっている。一路白い崖を目指す。
有史以来いやそれよりも古くから神話から伝説になっても人魚は人魚以外のなにものでもなかった。それが人魚から水棲原人に変わるのは明日かもしれないのだ。
話したいこと聞きたいことは山ほどあるが、誰も言葉を発することは出来ず船の進む先を凝視していた。

ニラの白い崖の下にアンカリングして取り敢えず腹ごしらえだ。
早朝の斜光が海面に反射して一瞬輝きを増す。
ウインは妙な癖があって歯を磨かないとマウスピースを銜えられない。今そうしていた。
三人は背中から蒼い海に飛び込んだ。
横一列になってゆっくりフィンを動かして進む。
泳いでいるのは三人とブルーフージュラーの大群とそれに色を添えるような原色のバタフライフィッシュや色とりどりのキンチャクダイの仲間達で友人はいなかった。珊瑚は美しく底に近く大きいグルーパーが悠然と眼と口を動かし語りかけてくるようだった。
ウラシマの竜宮はきっと此処のどこかに入り口があると秋山は信じた。
最初のセットを終わらせて浮上する。
「待ち人来たらずだ」
「相手次第でこちらに選択権はないのだからしょうがない」
「もう少し深場を攻めようか。でもサーチライトがないから13米が限度だが」

「もう来ています、この舟の底の方に」
バルクヘッドの脇にしゃがんでいたリンダの小声だったから聞き逃すほどだった。
緊張した三人は次々に飛び込んだ。ウインは歯磨きも省略した。

潜る必要もないほど海面から僅か下に友人は、いや友人達は静かに立っていた。
私達と殆ど同じ体型は小柄な160センチほど、ずんぐりして無毛、非常な撫で肩の上に
やや大きな頭蓋骨が乗っている。眼も鼻も口も耳もとても小さく、眼は縦形で我々とはやや構造が異なるような眼差しで表情はわからないが環境に適応した純粋な形質を表していた。
友人のひとりがひらりと身をかわして潜行して行く姿は大きな足が印象的で完璧に異質な世界に順応していた。
さすがに興奮から三人の酸素は急激に消費したらしく、海面にたくさんの気泡が浮き上がった。しかしコミュニュケーションは不能だ。キヤが親指を立てても両腕で輪を描いても何の反応もなく、ただ立ち泳ぎの姿勢で人間を遠巻きにしているだけだった。

ウインがカメラを取りに浮上するのをリンダは船縁から見ていた。
「白い崖の下の浜だと言っているようです」彼女が告げた。
波長は彼女に合っていた。友人たちは次々に水面から顔をだした。椰子の実が浮いているように見えた。
「コンタクターはリンダだ。もうスキューバは要らない。浜にゆこう」ウインが叫ぶ。
エイボンラバーボートを膨らまし6馬力を付けて小さい砂浜にリンダを運ぶ。
緩やかに寄せる砂浜に上陸して待つと、友人達も波に戯れるようにして集まってきた。
どっちが観光しているのか、まったく対等だ。


友人たちはどうも腰を折れないようで波打ち際でも寝ころんで波に洗われている。
頭には頭髪の名残か頭頂から背中にかけ色の変わった部分が残っている。
秋山はまるで空想物語の河童の肥満体だと愉快に思う。太い股から脚、大きな足は踵がないように小さいフィンを付けているようで、浅瀬で立っても多分つま先立ちなのだろうが少しは歩けるかもしれない。
「海の話しらしいです」とリンダ。
「海の水の温度、味、ずいぶん違って、以前とは、、 濃い、薄い」
「水は増えている、増えている、底の火、火山、氷の山、崩れる」
そこまで言うとリンダは明らかに疲れた様子で頭を抱えて黙ってしまった。
友人のひとりは小さい水掻きのある手を伸ばしてヨシに近づいて足を触ろうとしている。
少したてばみんなで並んで記念写真も撮れよう。チーズとか言って。
チンプのフィールドスタデイで名を成したジーン・グールド女史の映像より数等親近感が醸し出されていると秋山は感じた。グールドはチンプコミュニテイに接近したが殆ど無視されて交流はなかったから。
しかしリンダの疲労は尋常ではなかった。まさ疲労困憊の様子で肩で息をしている。
意識の作用が異なるシステムで伝達されるなら、理由は不明だがこれ以上は危険が伴うのは表情でも読めた。
最初の邂逅ならこれで充分だ。と感じたら友人たちはそれが解ったように次々に深みに移動して、視界は幾千年続いて繰り返された平凡でも美しい岩礁に戻った。
三人も続いて起こった予想以上の邂逅に精神的にも心理的にも虚脱状態だったのではないか。砂浜に座り込んでぼんやりしているようにしか見えなかった。
あれやこれやさんざん語り伝えられてきた人魚物語が物語りではなく、今ここで実存の世界で起こったのだから無理もない。


 
 
BACK 慢学インドネシア目次 NEXT
   
    Copyright (C) 2001 TOKADA. All rights reserved.