慢学インドネシア {フィクション}
 
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4 ブアの叛乱 第二章 1

パロポの現場に行く前にカラエン親爺に会わねばならない。嫁さんの伯父だし情報も聞ける。
小宮山もダウンしてしまったので、遅い午後ベチャに乗った。
スングオプの古い家並みを過ぎると、昔のゴアの王宮跡にでる。当時はここが海岸で、高床式の大宮殿と着飾った人々が往きかっていただろうに、三百年たったいま、赤土の広場に傾いた数本の石柱が立っているだけだ。

十七世紀にオランダが香辛料を独占しようとこの地に介入した時、マカッサル王スルタンハサヌッデインは、「海に境界線など引けるか」と果敢に抵抗し、白人侵略者は東に雄鶏あり、と怖れたとゆう。
隣国ブギスの寝返りもあってゴアはオランダ連合軍に屈し、マンガッサラは灰塵に帰し、その名も忌まわしいフォートロッテルダムに変わる。町も文化も根こそぎにされて、当時の面影は僅かに港の横に博物館として残るベンテン(保塁)だけだ。歴史はこの街に厳しい。
掠奪と破壊の過去はその静かで美しいマカッサルの佇まいからは想像も出来ないが、要害の地の宿命は甘美な平和からは遠い定めか。

危なっかしい橋を渡ると、欝蒼としたガジュマルの森が親爺の住み家だ。
ひんやりとした空気が小径に流れ、庭師が昼寝している脇を廻ると、古いオランダ風の三角屋根としみだらけの壁、斑らな犬が吠えて、私を認めて間違いに気がつき尻を曲げた。
「アッサラーム アライコム」 イスラムで巨大な背中に挨拶をおくる。
水牛と言うと怒るが肥肉のボリュームは他に例えようがない。

小さい老眼鏡がゆっくり焦点をあわせ、「アライコム サラム。おぉ、来たな。新しいマネージャーはお坊ちゃんとゆうが、ヒロヒトの子供かな」
ルイアームストロングのようなかすれた野太い声、人なつっこい独特の笑顔で振り返った。
この人に隠し事は出来ない。ロッキングチェアに坐っているだけでパロポの予算、知事の賄賂、警察署長の妾、日本の政変にベトナムの戦争、なんでも知っている。
                                                                     
日本軍が敗走した後のオランダの逆進攻に続く独立戦争の時が十七才、 ムーダー 殺人者ウエスターレンに捕えられ、何でその汚らしい口から吾が美しいオランダ語がでるのかと、ピストルを床に撃たれて小便をちびった独立英雄A級退役大佐。
南スラウエシ州選出国会議員だが、それを言うと水牛の冗談のように嫌う。

インドネシアが共和国となって貴族はいなくなったが、法律より慣習が優先するここの土地柄では遥かに遠いジャカルタ議会より、多くの豪族の王のカラエン王としての存在は隠然たる力がある。
正式にはラジャデインダエンラオといい、私は洋式にラジャデインとゆうが、土地の尊称ダエンの統領カラエンと呼ばれている。族長を要めるのに相応しい大きい図体、頭脳の回転、カリスマ性は家柄なのだろうが、たくまないユーモアとその広い視野には一目おいている。宗教戒律で酒はたしなまないが、惜しむらくは女好きが玉に傷か。
時代も変わってその舵をとる船の帆も破れがちだ。

「これで役者が揃った。パロポも最終段階だ。フェスタのウンダンガン招待に儂の名も忘れんようにな。
儂は日ずけを忘れて行かないけれど、招待状は貰わんとな。なにせテクニカルアドバイサーの大将は、儂の婿殿だからな」
「必ず。それにこれは最終でなく始まりです。スラウエシ工業の夜明けになるでしょう」
「工業は競争で成り立つ。それに勝つ事で存続でき発展もする。お仕着せの入れ物があっても、中身がなければはじまらない。君には悪いがあれは立ち腐れだ。残念ながらこの土地には荷が重すぎる。産業は上からではなく下から育ってゆくものなのにこれじゃあ逆だ。あんなものをポツンと建てても、動かすにはいつも外国の力を借りねばならない。君達も只で働いているわけじゃあないだろう。

それよりも、用水路とか稲作技術とか養蚕とか、教育に日本から奪った金を使うべきだ。だが学校とか人材教育、形に見えないものは点数にならない。井戸を千本掘っても、子供のトラホームを治してもベンツには乗れない。密林に輝く銀色の屋根が大統領に報告し易い」
「まあ理想はそうでしょうが、建たないより出来たほうがいい」

彼の第四夫人マルガリッチェが白い身体を赤青白三色のムウムウに包んでお出ましになった。はじめ母国オランダの国旗を巻いているのかと勘違いしたが、大柄な彼女には不似合いではない。KLMスチュアーデス時代には確かに美人だったろうが、最近肥えてうっすら髭も生えたか夫婦は釣り合ったようだ。

「こんにちわ、久しぶりねえ。この前はジャカルタでしたっけ。トアンは紅茶よりコーヒーだったわね。
忘れてはいないわよ」
「ありがとう、リッチェ、できたらマダムのウインナ風で」
「来月にでもハーグに里帰りさせると約束したからご機嫌がよろしい。子供達もいい経験だから、向こうが気に入れば転校していいとも言った」

此処に輿入れする前後を除いて夫人は元の宗旨に戻ったから、この街でカソリック教会を捜すのは骨だし、前職が想像出来ない程、外国と外国語に興味も能力もない彼女は、いつも母国語しか喋らないし習慣も変えようとはしない。
コストのかかる夫人といわねばならない。

私との会話もオランダ語、私はその都度適当な言葉を使うが、混み入った話題があるわけでもないし、それで済む。しばらくしてウインナコーヒーが運ばれた事でもわかるだろう。
女好きな親爺がロイアルダッジの機上で見初め、強引に掠奪した噂だ。前にそんな事を話題にしたら、「オランダは三百年、吾が祖国に乗っかっていた。今こそ儂はオランダに乗っかっているわけだ。近ごろはまた征服されそうだがね」と破顔大笑したものだ。

マカッサル海賊の統領、前を向いてインドネシア語、右の客に英語で答え、左の私には冗談混じりの日本語で笑いかけ、夫人には流暢なオランダ語、部下にはブギス語で叱り、子分には故郷マカッサル語と、まるで歴史の積層を見るようだ。なんでそんなに言葉が達者なのか我々日本人には不思議だと聞いた事があった。
「どこの言葉も方言だと思えば楽になるし、征服されれば誰でもこうなる。日本軍が来た時もトクベツ中学校で、バッキャローってよく殴られたもんだから嫌でもおぼえるものだ。

いまの世の中はジャワ人のインドネシアだから、君もジャワ語を喋れれば出世間違いなしさ」と何の意にも解さないかのようだった。
「アキヤマ、知っているかね、P3にはもうひとつのP,ピンハネ以外の目的があるのを。地図を見てご覧、パロポはボニ湾の最深部でルウ県の要害だった所だ。
あそこを押さえればマカッサルの絡め手で、南スラウエシの穀倉地帯を掌握出来る。東にはドル箱になるマリリニッケルもある。P3の従業員に鉄砲を持たせれば即戦力になる。昔の日本を真似た屯田兵だ」
「しかし一体、誰が攻めて来るとゆうのです」

「時の権力者は版図が広がる程悩みが増すものさ。疑心暗鬼、不平分子は何処にもいるからね」
「政府は地域振興経済活性化の為にこのプランを策定したのでしょう。ひとつの国、ひとつの民族ひとつの言葉が国是なら、鉄砲とか戦争はもう過去のものですよ」
「わかってはおらんようだな、嫁さんがブギスだとゆうのに。インドネシアは世界に自慢出来るものがひとつある。それは世界で初めて多民族が一丸となって独立を勝ち取った事だ。三百以上の種族、一万数千の島でだよ。これは時が与えた宰相スカルノのカリスマと若者の純粋さと、曲がりなりに通じたインドネシア語があったからだ。目的も独立ムルデカと、戦う相手がはっきりしていた事もある。
目的が達せられた後は、方向は多角化して触れたくないお金、経済が絡んでくると拳骨を突き出すだけじゃあ収まらなくなった。スカルノは東西陣営を危ない綱渡りをしたが限界だった。

次の人は三流だ。先頭にたって引っ張るタイプではない粘液質で、演説はおろか、本心を明かさない密室がすきなジャワ人の典型だ。建設の父と言われている、言わせているが、要は言葉ではなくゲンナマだ。祖国の資源の先売り、切り売りでシナ人を重用しながら、結局私と組めば得だよと、大統領と父親の顔を使い分ける。
日増しに官邸よりもチェンダナの自宅で取り巻きに囲まれて'Asal bapak senang '貴方様さえ宜しければ。

インドネシアはジャワの国になった。正論を吐く気鋭の士は姿がなく、金の世の中になって行く。民主主義も指導されたとゆう頭文字がつくから、すべてが指導されるようになって、此処の知事、税関長、警察署長はみんな色の黒い丸顔小男のジャワ人だろう。地方軍監区ハサヌッデイン師団長もスハルトのまた従兄だ。

ファミリイではない他島の余所者はそれじゃあ困るのよ。インドネシアの富はジャワ島以外の外領であるスマトラやカリマンタンとここスラウエシで、ジャワには人間だけしかない。パロポも決定までは揉めたものだ。地方出身者に技術教育もふくめた優先権を与える約束でサインしたのに、蓋を開ければブギス人はモッコ担ぎ、研修生は高級軍人や政府の馬鹿息子共、留学から帰ればあんな辺境には行きたくないと、費用はどぶに捨てたも同じになった。国会議員と云っても政府の推薦議員と御用軍人が半数以上、票決しない前に決まっているのじゃあ、大手を振って故郷に帰れるかね」

「気持ちは解りますがカラエン、そんな事を大きな声で言わないほうが、誰が聞いているかわかったものじゃあありませんから」
「馬鹿な、聞こえるように言っているのだ。言える事がリパブリックインドネシアじゃあないのかね」
私はいつになく冗舌なラジャデインの言葉に返す答えもなく、庭のフランボヤンの赤い花をみやった。
「まあいい。いずれはジャワの事はジャワ人が、セレベスはその土地の者達が決められる時代が来るだろう。 
話を現実に戻そう。そのアキヒトが来てアキヤマ、君はどうするのかね」
「契約はまだあるけれど頭はふたつは要らない。彼が慣れたら身を引く事にしています。開所式を区切りにして
います。これでもあそこには色々苦労した思い出もありますから」

「引継ぎ事務が終わったら、すぐにでも帰って来て、この老いぼれを救けては呉れまいか。君と知合った時には君はもうパロポの人間だったから、今まで待っていたのだ。儂の自由になる舟は二百は下らない。儂の先祖はオランダが来るずっと前からバンダの海の富を扱っていたのだ。飛び魚、なまこ、真珠、あんたの国の好きな鰹、鮪やてんぐさもある。産物だけではなく、このラジャデインの顔、子分ども。この武器で君に世界の販路を開拓して貰いたいのだ」

「いずれは世話になるでしょうが、今すぐにはとても行かない。新任者も思っていた程のサムライではないし」
マングローブの生い茂る泥海に、最初のブルドーザを降ろし、敵前上陸さながらに荷揚げしたオペの梶原の顔が浮かんだ。P3の製品ができるまで、見届けたい気持ちがある。命令を受けてはるばると見知らぬ土地で苦労した男達もいるのだ。

それでなくては一体いままでが何だったのだ。人は金だけでもパンだけでもないのだ。
「君はパロポの製品が出来るまで、と顔に書いてある。ロマンチックな物語りは女共にせい。君のロマンは少なくても此処の役にはたちそうにないから。

君の腰をおるようだが、パロポは着飾って身売りするのよ。フジヤマゲイシャのようにな。しかもよりによってチナ人に。日本のお菓子にもそんなのがあったな。ひとくちで二度美味しい、ワッハッハッハッ。
いいか。君には君の考えもあろうが、今日はマカッサル、カラエン王では勿論なく、友人でもなく、義父として言うのだ。悪いようにはせん。早く、一日も早く帰ってこい」

私は黙っていた。返事の言葉が無かった。

 
 
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