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7 ブアの叛乱 第三章 2

奥の部屋はそれぞれ施主である国軍から三羽烏の技術中尉と、インシニョール技師と尊敬されるから、ペンより重いものは持ちたがらない大学出の技術者達と無線室。

中尉はウイリーが土木、トンポが電気でステイムランが建築と総括。社長のスダルト少佐はお忙しくて五日に一度昼飯をとりに来ればいいほうで、大学出のモジャイニ、ノルデインはこの国では現場に出てはいけない規則でもあるのか、総てがデスクの上で解決出来る頭脳なのか、実際の仕事は下のレオ、フセイン、タジュデインなどが、ふたりのサトウにリードされてこなしている。

最近色気ずいたレイナとリタが紅茶を入れる。小宮山君は若いから売りだ。
「新任のミスタコミヤマを紹介しよう、英語でやって呉れ給え」
「コミヤマさん日本のどこですか」 トンポが忘れかけた日本語で尋ねた。
「パードン?」 小宮山が聞き返した。

「He seems to be not understand Japanese, Biarlah berceritakan Chinese」
英・イ語チャンポン、それもすごい巻き舌で、日本語お分りにならないよう、支那語でどう、とステイムランのいびりがはじまった。

彼は初対面ではいつもイニシャテイブをとろうと居丈高に出るのが悪い癖だ。士官学校出が自慢の出世頭、軍隊とインドネシアのほかには何もない。
「よかったなあ、これで楽になれる。ラジャ王様は街に帰るんでしょ、アキヤマサン」

「君と別れたくないからずっと此処にいさせてよ。帰る時はいっしょだ」ウイリーの肩をポンとたたいた。
ウイリーは如才ない。中国混血で出世を諦めていて、大過なく勤めを果たして一刻もはやくスラバヤに帰りたいのだ。

「シンジュクによく行きました。貴方はイケブクロ?」
トンポ中尉は私と半々に見ながら知識を披露した。彼は小宮山と同じ六大学の理工出身で、世間では立教より上にランクされているようだ。政府交換留学生だから俊才に違いないが、イスラムでの日本生活の苦労話には真が篭もっている。大学はでたけれど、で入隊したと言った。

彼だけがスラウエシ、それも純血マカサルニーズだ。電気技術が買われたのか日本語でか、地域懐柔策かは知らないが、生真面目な澄んだ瞳と強烈な信仰を持ち、代々スルタン親衛隊長の家柄だからラジャデインも血縁になるはずだが、彼のような冗談は一度も聞いた事がない。

中尉達で座っている者はひとりもいなかった。ステイムランは食べたものが全部筋肉になるようにバナナの揚げ物を頬ばって、次のイビリ言葉を考えていた。
チェンケ煙草の煙が充満して小宮山でなくても喉が痛くなる。東京の職場とは大分落ちる。殊に銀座本社とは。

「当分いつもと同じで行くよ。坊やが慣れるまで中尉の喧嘩相手はまだこっちだ」人差し指で胸を指し、ステイムランに笑いかける。彼は「フン」というように笑いかえした。
メラプテイ赤白国旗が風のない炎天に垂れ下り、工場にしてはやけに静かな構内、黄色のブルドーザのシートからジャリムの足だけ見えている。ボイラー室の押谷を探す。
押谷がにっこり小宮山と握手すると、歳も似合いで私は世代の距離を感じた。

「なにせ二年以上も屋外に放置されていたから、据え付けたからといってすぐに負荷はかけられませんよ。本当ならX線検査でしょうが此処ではそうもゆかないし。だましだましで六割ってとこでしょうか。
それだと稼動率は四割にしかならないけど爆発するよりましだし、最初はそんな規模じゃあないですか。

製品の売り先も決まっていないってゆうじゃあないですか。儲かったらいちばん初めに交換ですね」
「技術的にはそうなるでしょうが、見たところ錆びもない。全負荷運転は出来ませんか。あと数ヵ月しか猶予はないし、グリュウからもそう言われてきたし」

「怖いね、なんならマネージャーがレバーまわしてください。僕の彼女も怒るから」
広い屋根の下にメインマシーンがスマトラの象のように並んでいた。色もグレイだ。ここも試運転にはなにかが足りずグレイの塗装を磨くくらいしかさしあたりの仕事はない。労働者にとって暇なのは毒だ。
使う方も使われる方も不幸だ。こういった時によく事故がおこり勝ちだ。

隅のほうで笑い声がおこり、十人程がかたまっていた。
たぶん真ん中にサトウペンデがいるに違いない。
笑いながら広げてあったカレンダーの裏を巻いた。ローカル工員が散って行く。

「?」
「工程表じゃあないの」
「僕にもわかりますよ。遊びだってことは」
「それじゃあしょうがない。教えよう。ロットレとゆう数字あわせの富籤さ。六桁的中で百万、二桁で一万とかいってた」
「工期は遅れる、予算は増える、利益は減る。おまけに現場風紀は最低ときている」「やり甲斐があると考えれば。気に入らなければ新服務規定だ」

歩き始めてもまたいち足すいちを話し掛けてきた。いっそ二を引けと答えようか。
どかんと音がしたように私たちは工場の屋根の庇護からでて太陽の直射に曝された。彼はサングラス、カルチェらしいのを、昔いた按摩のようにかけた。敷地の外れのシートパイルの連中も、カルチェでないにしろ黒眼鏡で振り向き我々を認めた。

「よう大将、お揃いで。暑いね。そっちの新入りかい。
名乗んなってば。こっちゃあパイルの名主ってなもんだ、なあ」ローカルは意味もわからず皆んな笑った。
「新マネージャーの小宮山さんだ。失礼のないようにな」
老田は鳶職のニッカボッカに地下足袋の制服をくずさない。

「小宮山さんから雲がでた、つぅもんだ。よう小宮山の、お手柔らかに頼むまっせ、こうみえても気が小せえけんによ」
「まともな口もきけんのか、この雲助野郎。人を見て話せ」
「これだもんね、大将にゃあかなわねえ。老田つうの、むこうが久保のばか」

小宮山の表情はカルチェでしかとは判らなかったが、異人種との遭遇に違いはなく、止せばいいのに三回程会釈した。これは会釈とはいえずぺこぺこ頭を下げた。
「大将、聞いたゼ。地獄耳だけん。やるんだろ、頼むよ連れてってくんろ」
と右の人差し指を曲げた。
「しょうがないな、遊びじゃあないんだが。小宮山さんに頼んでみろ」

新マネージャーに人心をひく為、働きたくても働けない沈滞した空気を一掃する為に着任フェスタを計画した。
タスの連中はすきやきが希望だが、ここの牛の肉はブレーキパットより硬い。ふたりのサトウにも相談して前にも好評だった鹿で代用することにした。

はじめ罠も考えたが、招待状をだしたあとで肉がないじゃあ示しがつかないので、ウイリー中尉の軍銃を借りることにした。
基礎打ちの連中ときたら飛び道具が好きで、スプリングの切れ端でドスを作ったとか、ステイムランのコルトを撃たしてもらったとはしゃぐ手合いだが素人に変わりはない。
銃を持っただけで男は興奮するし、暗闇のなか懐中電灯で赤く光る両眼の真ん中を射抜く事は出来ない。
誤射もありうる。
勢子を使う追い出し猟にきめ、村に人をやった。

夜明け前、我々は尾根伝いのいつもの場所に陣取った。風を見る。
「煙草を吸うな。話しもするな。小便も屁もひるな。出来たら息もするな」
老田は預けた銃を撫でたりさすったりしている。
「中途半端に持つな。銃口は空か地面に向けておけ、斜めにして」
そうゆう時だけはやけに素直に聞いた。

しらじらと夜が明けてきた。勢子の動きもないうちに、頓間な牝が、こともあろうにぴょこんと15メートルもない岩陰から突然あらわれた。こっちを見ているとおもったら老田の銃が火を吹いた。
弾先横に俺がいるとゆうのにだ。至近距離で鹿の腹はふっとび、
「やったあ!」
「やったじゃあねえ、俺が肉になるところだ、大事な肉もふっとんだ」

とにかくふたつになった獲物を手に山をおりると、勢子が捕らえた一頭も厨房に運び込まれた。
コックの藤田は仏頂面をして、
「ボス、あたしゃあ確かにコックで契約したんだけど、ろくなネタもないどころか、毛の生えた鹿の生き造りはないでしょ。これ芝の屠殺場の仕事とちがいます?」
「まあそう言うな。着物脱がすのはレッペとマルチヌスがやるから」
鹿は頭だけになっても恨めしげに藤田を見上げていた。

スキヤキパーテイも楽じゃあない。バケツの中の肉はまだぴくぴく動いていた。
今夜の特別ショウはサトウペンデが移民村からジャワの踊りを呼んであると聞いていた。ここから東に行くと人口は希薄になり、マサンバに政府によりジャワからの移民村がある。インドネシアはおかしな国で、何によらず片寄っている。

全人口の僅か一割の華人が経済の九割を握り、その九割が首都ジャカルタに集中し、面積比わずか一割弱のジャワ島に人口の七割がひしめいて世界一の密度とゆうのに、狭いジャワ海の対岸カリマンタンは平方粁に十五人か。
政府はトランスミグラントと称してジャワ人の外領移住を奨励援助しているが、新天地開拓の勇ましさも机上と現実はいつもギャップがでてしまう。

ジャワ人は本来土着性が強く、生まれた土地に執着するから、支度金と只の土地を貰ってもすぐ出戻ってしまう。
移住地が荒野でも、地域住民にとっては祖先伝来の土地に突然杭を打たれて、誰とも知らない余所者が入り込めば穏やかとはゆかない。貧乏なのは彼らとて同じなのだから。

人の生活には見えない垣根がある。習慣も言葉も異なり同じインドネシア人とは表向きで、我々と同じ外国人なのだ。
五ヵ年計画で何万人といった杓子定規の計画ではなく、地縁とか自分の意志とか肌理細かい配慮が必要なのでは。
強権ではこじれるばかりだろう。

街道を走るとそれまで高床式住居が突然と平屋建に変わりジャワ部洛とわかる。
地域に孤立して交流の欠片もないのはお互いに不幸だといっているうちはまだいいが、抜き差しならない憎悪が湧かないか心配だ。

急拵えのみしみしする舞台に数人の楽士。竹笛、どら、木琴と、故郷を出る時こればかりはと持ってきた古風な胡弓もあった。
まぎれもない哀調を帯びた調べが流れる。下手さかげんがそれを倍加するように。舞姫が右手から表れた。手製の冠を載せ、瞳を見開きそして伏せ、腕を振り指を震わせながら舞う。笛が泣き、胡弓がむせぶ。

「よう、ねえちゃん、いいぞう」 馬鹿者日本人の野次。
踊り子はそれを完全に無視して、瞳を中空に投げかけ、世の無常と己れの不幸を嘆くかのようにくるりと廻る。衣装の帯が男性の皮ベルト、素足が厳しい労働で荒れているのも痛々しい。部洛の一週間分の食い扶持がかかっている。そんな、部外者の思惑をよそに悲しみを通りこし、怒っているような厳しい舞姿だった。

「ボス、これ案外いけるね、さっぱりしていてさ」 
「口に合って何よりだ」
お肉のお味より、残り少ない醤油の在庫が心配だ。
ローカルで酒を飲むのはクリスチャンバタック人ステイムラン中尉と数える程しかいない。イスラム教徒では酒は気狂い水でしかない。彼らは砂糖の塊のような菓子を齧りながらドミノ遊びに興じている。

空には見たこともない無数の星が煌めき、降るようなとゆう形容がぴったりだ。
時折遠雷か天空がきらりと光る。場違いな松島音頭の合間に発電機の音が単調に聞こえる。これでタスのストレスが和らげば安いものだ。

「センパイ、ゼミ明けのコンパのようです。紺碧の空を唄いましょうか、まだ覚えています」
「君は理工の弱電だったね。日本人でもなかなかの難関だ。大した頭だ」
「いやセンパイ、学生時代は勉強よりもっぱら留学生待遇改善運動で忙しくて。日本政府はあれでなかなか渋チンですから。電気サーキットよりも人のサーキットに興味が湧くなんて。技術者は元来ひとりで働くものなのに。先輩は集団の力を信じますか」

「集団によるね。この国の'指導された民主主義'なら信じない。言葉の魔術でしかない。多数決とゆうのも難しい。農民の視野は、見える範囲でしか行動しないしエゴが先走るしね。ここには昔からムシャワラとかゴトンロヨンとか呼ぶ原始共産思想があって、財産は個人ではなく村のもの、必要とする人に優先権がある。所有とか権利とか西洋個人主義とはいささか異なるようだ。そんな集団なら強固でそれなりに良い制度だと思うけど、経済が変わり所得格差とか欲望が増すと維持出来なくなる。
情報が増えれば比較、優劣が起こってくる。昔はカリスマいまはマスコミか」

「日本では明治レボリューションにも興味があり勉強しました。あれはフランス革命以上の成功だったとの評価があります。オークボとかイトウの名前が世界史に書かれないのがむしろ不思議です」
「あれは庶民革命ではないよ。上流階級の思想遊びが高じた陣取り合戦だったと厳しい判定をする学者もいる。そして次代を背負ったのは二流の人物で、一流は時代の要求に忽然と表れ、花を咲かせるや早々と消えていったとは或る作家の言だが」「次に来る時代、マサドウパン、、、」

トンポはこの場に相応しくない怖い顔をして一点を見つめた。
「なんだいその顔は。インドネシアは独立した。二流とはいわないが新しい指導者で君たちが次代を背負って立つのだろ」
「独立時代は終わり建設の時代だとスハルト大統領は言う。独立を勝ち取った国軍が民衆の先頭に立って国造りをする。僕は軍人だからそれをやり通したい」

「民衆を指導するのは両刃の剣だ。民衆を指導するなど出来ない相談で、出来たとしたら逆戻りだ。
大河に竿をさすような方が方がむしろいいのじゃないかな。無知にみえても農民はしぶとい。軍人といったって所詮民衆の汗の中でしか生きられない存在さ。閉鎖社会、軍のことだが、そこに住むと盲目になるか独善になるか」
「秋山さんは本当にそう思いますか」

「まあな。国と呼ぶ得体のしれない怪物がひとり歩きするとお仕舞さ。日本はそれで何百万人が死んでしまったからな」
「日本は幸せな国です。敗戦しても国内に何の恨みも残らない。国民全部が犯した過ちとしている。利害得失をひとつに凝縮出来る国は珍しい」

「じゃあインドネシアは違うってゆうの」
「まだ理想の段階かもしれない。そう願うのですが」
「インテリにはかなわない、こんな夜でも議論だからな。ジャワ娘の話も出来ないのか」とウイリイ、ビールで顔を染めたバタック野郎も兵隊特有の体臭といっしょにやってきた。

「ジェントルメン、我々の苦労もあと少しで報われる。インダストリイの誕生だ。インドネシア陸軍万歳! チャオ!」
頭のイをエと発音するステイムラン中尉は アカデミイで鍛えたいい身体だ。肉体だけでなく脳味噌もそこで貰った。軍人の理想的人格だ。それ以外に耳を貸さず聴く耳も持たないように教育された。

トンポ中尉の話の続きでスハルト批判など出てきたら、建国の父として歌まで唄われる彼の尊師を侮辱したとか単細胞は困る。
「チャオはまだ早い中尉。ソウミールは稼いでいる噂だけれど、プライウッドはそう簡単にはゆかない。
工業は総合力だから。中尉はそのひとつをじき手に入れる。戦いはそれからだ。未知の世界といっていい市場原理の修羅場に身をさらすわけだ。鉄砲で脅かしてもこればかりはどうにもならん。引き金を引けば弾が出るのとはわけが違う」

「最新設備、豊富な資源があって負けるわけがない」
「機械は人が動かす。ベニア板はいつかは出来るだろうがコスト高の粗悪品。軍だか政府だかがいつまでその負け戦に耐えられるかだ」
「はじめから高い悪いと言わないでもらいたい。われわれにもノルデイン、モジャイニなど立派な大学出もいるのだし、それらにアドバイスするのがタスの役目だろうが」

「タス契約には儲けを探すのは入ってはいない。大学は授業料の割りには儲けの保障もしていない。経験不足が残念だね。プラントも貰い物だし」
「貰い物とは言うじゃあないか」

「君たちはいつもそうなる。カプテンステイムラン、工事が終わり将軍に認められれば我々はキャプテンだ。そうなればこんな山の中にいることはない。下手にかかわってうまく行かなければマイヨールにゃあなれない。女房子供も町に帰りたがっているだろ。スラバヤに。略章に黄色の帯をつけてスラバヤに凱旋だ。ウイリー大尉、御用はって士卒もつくんだぞ」

ウイリー中尉はもう大尉になった積もりだったし、あと数か月で現実になるだろう。ステイムランとのにらめっこから眼をそらすと、そこにはもうトンポの姿はなかった。
わたしはそれでなくても冷えていない煎じ薬のようなビールをあおった。

 
 
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