慢学インドネシア {旅物語・海物語}
 
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3 バリへの東航 1

アッラーフ アクバル アッラーフ アクバル、
アシュハド アッラーイラッハ イッロッロオ〜〜〜
ラ〜〜〜〜イッロッロオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アルラーの神を賛え奉る、アルラーのほかに神はなし、

暁のしじまを縫って遠く、近く、この日の最初のスブの祈りがシルエットに霞む椰子の葉越しに渉つてゆく。カーム無風のマリーナ・アンチョールの桟橋。
フォアデッキに直立し、キブラット西のマッカに向かってムインは、両手を捧げて神と対面する。
遠く、スンダクラパ旧港の灯標、発電所識別赤灯群が点滅し、一種荘厳の気が辺りを支配する。神との契約が済むまで、すべての時は止まる。
異教徒の俺は、座ってテルモスからこの日最初のコーヒーを注ぎ、汐の香りといっしょに眼を細め、暗闇から視界が徐々に輪郭をとってゆくのを眺めた。
十一月、西からの貿易風が卓越してきて、我々は今日、バリへの東航を実現する。

この国にテイモールジャウとゆう言葉がある。直訳すれば遠い東だが、彼等はそれに希望を込めて言う。
幸せを運ぶ東への風アンギン・テイモール・ジャウ、、、、。
遥かな昔から、その軟らかく重い風モンスーンに乗って移動したジャワ、バンダの男達。
'舟は帆まかせ、風まかせ、主さん 今ごろいずこやら、、、'


今年のモンスーンの吹き込みは例年になく弱く、一方交通のバラタン西風が十四米を超えた日はまだない。排水量九トンのラロを押すにはやや心もとない。バリまで700マイル、クオーターに風を受けても三日と半日では無理があるが、ムインのことだ、水平線に立ち上がる雨雲の縁に湧く風を探しながら、彼がいつか辿った路を東に向かって呉れるだろう。
待てば海路の日和あり、腕のある船頭は待つ事の才に秀でているとゆうが、今は待てない時代だ。何がなんでも土曜日に出て日曜に帰る。その為に陸では車を発明し、レールを敷いたが果たして海でもそう出来るのか。自然の声を聞かなくてもいいのか。

東京勢も正月休みはバリでが夢だから、風のことなどお構いなしにガルーダ便何時何分発、帰国何日何時何分と決めてくる。考えようでは傲慢だが、それを疑問に思わない俺も含めた社会があるのだ。
今朝も、予定より遅れているから、無風のなかをエンジンで油を焚いて沖に向かうことになろうか。ぼんやり二、三日風待ちすればバラットダヤ(西の大風)が吹くのだろうに。
チャート海図とデバイダーで、6ノットならチレボン沖が何時パス、マンダラナ灯が10マイルで視認出来ようから20,00注意とログブックに書いて、「いい線だろうエ、ムイン?」
彼はにんまりするだけで答えない。字が読めないせいだけでもなく、
「インシャーアルラー 神の御心のままに、」
「トアン旦那、見えた時がそこに居るとゆうことで」 強烈なる実存。
三日と半日、84時間が一流大学出の俺の算盤だったが、ムインはちらりと雲を見上げながら四日と少し。
それから彼流の四の昼と四の夜が明け染めた朝に、ラロはバリ西端ギルマヌクにアンカレッジした。この勝負石ころ頭の勝ち。

海は繋げ、陸は隔てる
出港が遅れたのは俺のせいではない。お上のご意向である。
正義の使者になりたければ、ひねもす家で寝ているしかない。行動を起こせば必ず許認可事項がついてくる。そして許可されるのはまさに、待てば海路の日和なのだ。
まあよくぞここまで、と呆れる尤もらしい理由を探してサインを渋る。完璧な書類でも完全がまた理由になるから、適当なところで不足書類は、誰でも見慣れた同じ図案の何枚かの印刷物を白い封筒にいれて渡す。
相身互い身、この国にはムシャワラ(話せば分る)ゴトンロヨン(助け合い)の精神がある。権限はあちら、銭はこちら、共通の利益と相互扶助の美しい心を発揮すれば、そうなることになっているらしい。
出来る事が出来ないで、出来ない事が出来てしまうお国柄なのだ。
バリに行くにはスラットジャラン(通行証)がいるとゆう。
タンジョンプリオク港のサバンダル(港湾局)に出頭する。
別室に通される。待たされる。覚悟を決める。
白い封筒を食べ過ぎたように、此処の人には珍しく肥り過ぎたちょび髭が、鼠を弄ぶ猫のようにしてお出ましになった。
話の事より引き千切れそうなユニフォームのボタンが気になる。
なぜかお巡りと役人はアンダーサイズの服がお好きだ。

「素晴らしいヨットだそうですね、メステル(mister)高いんでしょうねえ」
「たいしたことはありませんし、私はただのプンジャガ管理人ですから」
ジャブの応酬だ。
「マストが二本あるそうですねえ」 「ええ、まあ」
「我が国の条例では、マスト一本につき最低ふたりのアワクカパル乗組員が義務ずけられていますから、この場合四名が必要ですね。 足りない一名は?」
「取り扱いを容易にし、クルーの人数を減らす為に、わざとセイルを小さくしているからマストが二本、一人でも大丈夫ですよ」
「規則ですから。 ま、それはそれとして乗組員二名のKTP(身分証明証)ですが、アブドウル・ムイン氏所持のものは三年も前に失効しているのですよ」
「私が保証人だし、必要なら大臣のも取れるけど」
嘘でも外人だと本当に聞こえる。
長い沈黙のあいだに彼は突撃を考え、俺は二件の問題で十万かと考える。
「基本的に我々はトアンの安全を考慮しているのをお忘れないように。もし外国人に何か事があったら国際問題にもなりかねませんからねえ」
「ご心配をお掛けして恐縮です」
「つかぬ事ですが、、いったい何しにバリに行くのですか」
「パラウイサタ カンコーです」
「今時フネで観光する人がいるのですかねえ、わざわざ苦労して。ガルーダならほんの二時間なのに」
彼は毒でも入っているようにコーヒーカップを透かして見てから、眼を細め光軸を束ねて向き直った。
「もし営利目的なら安全装備、検疫、鼠害燻浄も要るし」
俺はそれを彼の呟きと認定し無視しようと努めた。
「観光は政府の脱石油の切り札だし、マリンスポーツは将来の観光資源の大きなポテンシャルだと思いますが」
どうだか、といった無関心な表情で役人は、
「追加ふたりとムインの代わりは?」と畳み掛けてきた。
「早速あたってみましょう。日が延びるのは困るけど、それが規則ならしょうがない」
俺はすばやく封筒を少しだけ見えるように斜めにファイルに挟み、両手を添えて彼の手元に押した。俺の熟練した手つきは白い飾りをつけた進水式の儀式のようだった。
「いろいろご迷惑をお掛けしまして、、貴方様の部下のお茶菓子にでも」
卑屈なお追従笑いを浮かべる自分を想像したら死にたくなった。

次の日、出頭せよ代理人でも可と聞いたので、俺はゴーサインを出した。
スラットジャランには俺の知らない二人の署名が黒々と印され、水夫は腹痛で下船、そのうち戻ってくるとでもせよとの適切なアドバイスと、安全な航海を祈る言伝てまで頂いた。
白い封筒さえあればこの国でなら俺は月に歩いても行けるだろう。

声を後ろに聞いて、俺は海の色の枠のあるP旗−吾二十四時間以内に出港、総員帰投せよ−と、ワインレッドのキャプテンエンサインをミズンマストに掲げた。

 

 
 
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