慢学インドネシア {旅物語・海物語}
 
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4 バリへの東航 2

RARO 3

今度の航海には往路だけソニを乗せる。シロットは前の船からの古顔で、金持ちに好かれるこつ、ごますり上手で清潔だが、肝腎な時化の時は何の役にもたたない目方になる。小児栄養失調の名残か、かりん糖のような身体ではバラスト重りにもならない。
ソニはタイタイとゆうアメリカ人の艇のクルーになってバンカ島からバンコックに向かったが、とにかくオーナーが朝から晩まで生殖行為が好きで、狭いヨットでは眼のやり場がなくバタムで下船、バリに行き仕事を探したいとゆうので乗せた。ムインとはかりん糖シロットより気が合っているようだ。
相性とは大事で、長丁場ではあ・うんの呼吸で行動出来なければ役にはたたない。そのうちささいな事で憎しみが渦巻くのが狭い空間のヨットクルーズなのだ。
船乗りは目先が利いて几帳面、負けじ魂、これぞ船乗りと言うではないか。

ジャカルタ湾の東の岬クラワンをかわせば、あとはジャワ海になにもない。平べったい海を90°Eひねもすのたり、のたり哉で、三日も行けばマドウラ島が見え、それを見切ったら真っ直ぐ南下すればいやでもバリだ。注意点は海上石油掘削井戸、スマラン沖に出没するとゆう恐面てお客さん、スラバヤ本船航路、制服を着たマフィアには昨日もう会った。
暗い新月の夜、石油ガス排出炎が水平線にお椀のように、ぼうつと映る明かりを街の灯と勘違いして侵入して、ヘリに威嚇されるやらコーストガードにふん縛られたり、資源貧乏国日本ではお目にかかれない経験も積んだ。
スマラン沖のヤーさんは噂だけだ。新宿歌舞伎町にもいて、する事は同じなのに何で海賊と呼ばないのだろう。
大都市ジャカルタは夜の闇に黒く沈んでいた。街は光芒を放ち、それを背にした灯台視認は困難とゆう教科書通りではない。海より暗い街もある。
海図にあるニルワナ島は海中に沈んでいまはないし、水深四十米のダマール灯周辺は白波がたつ暗礁群、1928年オランダ製を差し引いても印刷物は信用出来ない。信じられるのは五感だけ。だからムインは先刻承知で俺の能書きを笑って聞いているのだろう。
そのムインは、お祈りが終わると椰子の若い実とバナナの花、パラの葉と何だかしらないものを包んで、ぶつぶつ言いながら海に投げて出港の準備が終わったらしい。
11米ケッチ・ラロV世号は朝日のなか、誰も聞いていないホーンをかすれたように二回鳴らして、べた凪の沖に舳先を向けた。

 

 
 
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