『暴動の都』から
5月15日現在、筆者(Claude F.)はいわゆる『暴動の都』に居ります。ジャカルタでは緊迫した状況になっております。といいましても、広くマスコミに報道された暴動が起きた場所が東京都の霞ヶ関や永田町だとすれば、私共が居る場所は南に下って川崎か横浜辺りという位置関係です。そうはいっても局地的には大変な状態になりつつある様です。 色々な方からご連絡を頂いています。無事か、から始まって、助けを呼ぶなら俺の携帯電話に電話しろ、という何だか効果を研究してみたくなる申し出もありました。皆様の有り難いご配慮に感謝しつつ、戒厳令前夜と思われているジャカルタで静かな地域で時を過ごしております。そうは言いながら、私共が居る地域にも不穏な噂が流れましたので、念の為昨日は外出控え、本日も今のところ外出の予定を立ててはいません。周辺の商店やレストランも休業しているので、筆者が宿泊しているホテルの夕食時は、白人ばかりが大挙して押し寄せて来た様な感じで、食堂が大盛況でした。日本人の姿は、私と今回現地入りした木材とコンピュータの両の専門分野に通暁している不思議な才能を持つ二人連れの合わせて三名しかありません。欧米は目的実現の為には冷静に且つ的確に危険負担を計算し、取れるべき範囲の危険は取るという態度なのでしょう。彼らにとって現在はビジネスチャンスなのです。日本人が付和雷同してそれぞれの立場での判断を留保しているうちに、彼らが着実にこちらでの地歩を固めるでしょう。この様な状態を続けるならば、今後のアジアビジネスに於いて、日本勢が大きく出遅れるのは間違いないでしょう。 インドネシアのメダンに於いて騒乱が発生し、華僑系の商店が焼き討ちされた事件は、日本でも特集が組まれた程に各種媒体で報道されたそうですから、既にお聞き及びの方も多いと思います。また5月13日にはデモの渦中に5名の学生が死亡したのに抗議する形で、首都ジャカルタでも建物や車に放火するなどの騒ぎに発展し現在に至っております。私共はこれ迄インドネシアにとっての外国、即ち日本を含む外国のマスメディアが余りにもインドネシア国内の出来事を、まるで全土が戦乱状態にあるかの様に扇情的に報道し過ぎる傾向があると申し上げて参りました。この考え方自体は今でも変わりません。しかしながらインドネシアは今や歴史的な変化の時期にあります。その変わり目に際して、民衆が群集心理に流されて騒ぎを起こす事が増えてきました。この様な新たな胎動の渦中にあるこの地域の方々が、右も左も分からない外国からの観光客を、この地域に安心して出迎えられる状態に今は必ずしも無いのです。そこで現地の最新状況を以下にご報告申し上げます。 私共は仕事上、やはりスマトラのメダンより更に南に下ったプカンバル(Pekan Baru)という街に5月8日に入り、飛行機の都合上一度ジャカルタに戻りましたが、やはりスマトラのジャンビ(Jambi)という街にも翌日の5月10日に出向き現地で一泊しております。それぞれ街の中心部から車で数時間かかる場所にある木材製品製造工場に出向いたのですが、宿泊したのは街の中心街です。メダンでは華僑系商店が襲撃されたというのに、それぞれの街は全く平穏でした。その折りも折りですが、私共が敬愛する大先輩が果敢にも5月7日のまさに暴動の渦中にメダン入りし、二日間滞在しました。その様子を5月9日に首都ジャカルタに戻った私共が、ご本人から直接お伺い出来ましたので、貴重な現地報告として掲載致します。尚、以下は私共が大先輩から伺った内容ですが、ご本人の最終的なご確認を頂かずに私共のHPに掲載する結果になりますので、あくまで以下の内容は私共の伝聞による情報である旨は何卒ご了解下さい。 大先輩と申し上げるのも変ですから、この方を文中では先生と申し上げる事にします。先生は5月7日に日本からメダンに到着しました。出発前に現地に幾度も電話とファクシミリとで連絡を入れましたが、電話回線が悪戯や妨害の為でしょうか、時折寸断されるので、連絡が円滑に行かなかったそうです。ちなみに通信状態の悪化は現在も変わらないそうです。私共も当初は先生と合流する為にメダンに出向くつもりで居りましたが、連絡が円滑ではなかったので断念した経緯があります。メダンで華僑系商店が焼き討ちにあったのは、報道された通り事実です。ちなみにメダンという地域は、シンガポールに地理的に近い事もあり、華僑系インドネシア人も多く、彼らが経済活動のかなりの部分を握っているそうです。それに対して以前よりマレー系住民(プリブミという大地の子という呼称で総称される地元大多数民)の不満が根強いそうです。例えば漁民はマレー系の住民ですが、一度水揚げされた魚類は華僑が一手に買い占め、他者による販売の余地が全く無い状態だと伺っています。この辺りの事情は首都ジャカルタや中部ジャワとは若干異なります。 事前の連絡が良く出来なかった為に、先生が何時も宿泊するホテルの予約が取れずホテル側からは満室だと言われました。というのも現地の華僑系の住民がマレー系の住民に危害を加えられるのを恐れ、自宅や商店からやはり華人系住民が経営する現地のホテルに避難していたからです。かといって部屋が満室で立錐の余地も無い訳ではないでしょうが、先生は一泊米国ドルで500ドル(1US$を133円で計算して66,500円)とフロントで言われたそうです。その根拠を尋ねると、外国人価格だとの説明です。先生は現地の大学にてインドネシア語で教鞭を執る程インドネシア語に通暁している方ですし、インドネシアに於いても社会的な地位がある方です。更にメダン地域にも日系インドネシア人を始め沢山の有力な知人が居ます。そこで先生は、自分は外国人といわれるのは心外であり寧ろインドネシアの大学で教鞭を執る日系インドネシア人である、と主張し、現地の方々を通じてこのホテルに現地のインドネシア人経由で予約を入れると、何と日本円に換算して2000円程度で宿泊出来る結果になりました。華僑系インドネシア人がどさくさに紛れて、不慣れな外国人だと見て突け込んで不当な利益を得ようとしたのでしょうか。この様な阿漕な商売を日常的にしているからこそ、この様な時期にその報いが来たのではないか、それに懲りずに未だやろうとするのだろうか、と筆者などはつい考え、何だか悲しくなってしまいます。けれど現地には現地に生きる人の何らかの事情がある筈です。抜き差しならぬ事情で少しでもお金が必要なのかも知れません。ですから私の如きまさにインドネシア人にとっては外人である者が、伝聞証拠によって安易な判断をしてはならないでしょう。この出来事に対する評価は差し控えますので、ご判断は皆様にお任せします。 私共がここで申し上げたいのは、メダンの様な何らかの騒乱が起きている地域に、また昨今の首都ジャカルタの騒乱が起きている場所に、現地にしかるべき人脈もなく、目的もなく、語学力もない日本人の方々に不用意に足を踏み入れないで頂きたいという事なのです。歴史的な変動の為に街が現地の方々でもどうしようもない程に混乱している時期には、本当の語学力と問題解決能力が試されます。筆者の様に街を徘徊する程度の多少のインドネシア語を嗜む程度の者では、決して問題には対処出来ないでしょう。私共が敬愛する先生は、しっかりとした語学力とインドネシアに於ける社会的な地位と、現地に先生を支援する方々が居るからこそ逆境に手を打てたのです。当然、私共、いわゆるビジネスマンも安易な行動は決してとりません。私共なりに注意を怠らない様に心がけています。今回のスマトラ行きも現地に信頼すべき人物と、地元ではかなり大きい企業の受入体制があり、現地の事情も事前によく分かっていたからこそ出向いたのです。5月13日に首都ジャカルタで騒乱が起きた際に、私共は日本人三人で、ブロックMと言う日本人向けの飲食店が多い地域のパサラヤ百貨店に居りました。百貨店に入った当初とは、どうも店員の様子に明らかな変化が見られたのです。説明を求めても私共の語学力の限界もあって正確な状況が掴めませんでした。けれど平常より店舗を早めに閉める決定を告げる館内放送と、女性店員が歓声を上げて早帰りを喜んでいるのは分かりました。そこで私共は閉店近くまでパサラヤ百貨店の中にある喫茶室に居り、ついでブロックMの日本人が経営する居酒屋に入り込むなどして移動を避けて夜遅く迄外に出ませんでした。これ迄とは違う規模での騒乱がジャカルタで起きたのを知ったのは後の事でしたから、騒乱を認めて身を処した訳ではありません。ですから、案外運が良いだけなのかも知れません。けれど少なくとも現地の人々の様子が何時もとは違うのを意識して私共なりの行動はしていたのです。 何らかの危険が全くない地域などという事など、世界中何処を探してもないでしょう。それぞれの地域にはそれぞれの危険が大なり小なり内在しています。それは暴動という暴力や、強盗とか窃盗などの犯罪である場合もあれば、疾病を始めとする健康問題の場合もあります。それらを私共は冷静に認識し、その時点で最善の対策をすべきなのです。それと敢えて付け加えますが、私共が外国の街に居る際に、まさに無防備な姿で街を徘徊している人が、殆ど日本人であるのに出くわす度にあきれてしまいます。今回の滞在中にもジャカルタを車で移動中に、その類の人が街角を歩いているのを見かけました。スラックスのお尻のポケットに紙幣を折り畳まないで入れられるタイプの細長い財布を、掏摸(すり)盗って下さいと誘わんばかりにこれ見よがしに半分出した状態で差し込み、お上りさんの証明なのか、やたらにきょろきょろして歩いている若い日本人でした。見ず知らずの方に突然ご注意申し上げて、いらぬお世話だ、と言われるのも嫌なので声はかけませんでした。けれどこの様な無防備な態度は、ご本人は現地に対する信頼を表しているつもりなのかのしれませんが、それが泥棒を防ぐどころか、寧ろ泥棒を積極的に作っているのです。勿論、騒乱からは逃れる努力をするべきであり、報道関係者でもないのに騒ぎを見物にわざわざ混乱の渦中に出向く様な愚かな行動をしては決してなりません。インドネシア人は華僑系の人々に反感を抱いているのであって、日本人には友好的なのだ(だから安心である)と言う方が居ますが、騒ぎで冷静さを失っている現地の方々にいちいち日本人だから区別してくれるなどと期待してはなりません。軽率な行動をとったが為に万が一日本人が死傷する結果にでもなれば、それが日本に於けるインドネシアのイメージを悪くし、計り知れない悪影響を与える可能性があるのです。 以上の事情を、貴重な時間をお遣い下さり、私共のHPをお読み頂いている皆様には、是非ご理解頂きたく、以上、首都ジャカルタよりご報告申し上げます。 NEXT/動乱のジャカルタ02
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